全 情 報

ID番号 07076
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 美浜観光事件
争点
事案概要  ホテル・旅館・食堂・休憩所等を経営する被告会社の代表取締役が、代表取締役を辞任するに際して、被告会社の従業員としての退職金及び取締役としての退職慰労金の両方を請求した事例(請求棄却)。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法9条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職慰労金
労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 労働者の概念
労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 取締役・監査役
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1998年2月2日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 15801 
裁判結果 棄却
出典 労働判例735号52頁/労経速報1661号17頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-労働者の概念〕
 従業員性の有無については使用従属関係の有無により判断されるべきものと解されるが、具体的には、業務遂行上の指揮監督の有無(仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無)、拘束性の有無(勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されているか否か、人事考課、勤怠管理をうけているかどうか)、対価として会社から受領している金員の名目・内容及び額等が従業員のそれと同質か、それについての税務上の処理、取締役としての地位(代表取締役・役付取締役か平取締役か)や具体的な担当職務(従業員のそれと同質か)、その者の態度・待遇や他の従業員の意識、雇用保険等の適用対象かどうか、服務規律を適用されているかどうかなどの事情を総合考慮して判断すべきものと解される。
〔労基法の基本原則-労働者-取締役・監査役〕
 本件においては、前記のとおり、原告は、被告において、当初は常務取締役として、後には代表取締役専務として、ホテルの現場の支配人等に対し業務通達を行ったり、課長ら従業員からの提案等に対し決裁を行ったり、あるいは被告の収支につき責任を負うなど、被告の業務及び営業という実務面を統括する役付(代表)取締役として業務執行にあたっていること、原告は取締役会に取締役として出席し、代表取締役に選任された後は、対外的にも代表者として業務執行行為をしていること、原告が被告から受領していた金員は、従業員のそれとは異なり、給与規程に定められた役職手当、家族手当、調整給等の区分が存せず、金額自体も従業員の賃金より相当程度高額であること、右金員は、原告が被告の代表取締役専務に就任した後まで、A会社から支払がなされていたこと、原告が被告の代表取締役を辞任する際も、(代表)取締役としての辞任届を提出するのみで、従業員としての辞任届出等は提出していないし、また、その提出が求められてもいないこと、原告は被告以外の会社についても常務取締役や取締役に就任していたこと、雇用保険料についても、当初は控除されていたものの、後にこれの控除もなくなっていること、原告は、勤務場所及び勤務時間の指定を受けておらず、勤怠管理を受けていなかったことなどの事情が認められるのであって、これらの諸事情を総合考慮すると、原告が被告との間で使用従属関係にあったとはこれを認めることができない。
 (2) この点に関し、原告は、被告の取締役の名称を有してはいるが、実質的にみると、被告の実質的な経営の判断・決定・執行は、すべてB、C、Dにより行われており、原告が被告の経営上の意思決定に参加していた事実がないから、原告は被告の従業員兼務取締役である旨主張する。
 しかしながら、業務執行担当取締役の業務執行権とは、会社の対内的な職務執行権であり、会社の営業に関する種々の事項を処理する権限であって、具体的には株主総会、取締役会の決議を実行に移すほか、日常的な取締役会の委任事項等を決定し、執行すること、すなわち、対外的代表行為を除く会社の諸行為のほとんどすべてを行う権限をいうところ、ときには長靴姿で釣り船を稼働させたことがあり、あるいは、原告の有する権限が、代表取締役社長であったCの有する権限よりも小さいものであったとしても、原告は、前記のとおり、決裁権者として被告の経営の意思決定を行っているほか、自ら自認するとおり、ホテルにおける集客や仕入れの交渉を行うなど、被告の事業及び営業現場を統括する総責任者として、ホテル等現場の支配人等を指揮監督し、被告の業務執行にあたっていたのであるから、原告の前記主張には理由がないものといわざるを得ない。
 (3) また、原告は、自らは名目上の取締役及び代表取締役であって、実質的な代表者であるB及び被告代表者社長Cの指揮命令に従って業務に従事していたとも主張している。
 しかしながら、指揮監督の有無は、前記のとおり、従業員性を判断する上での一要素とはいえるけれども、この点のみを理由に、当然に従業員性を肯定できるものでもない。実務上は、会社の組織機構を統一的なものにし、かつ、組織運営をスムーズにするために、多数存在する(代表)取締役の間に上下関係を定めるとともに、それぞれの統括分野を決めることによって、指揮命令系統を明確にすることは多くの企業において行われており、例えば、複数いる代表取締役のうちの一名が、社長として他の業務執行権をもつ取締役を指揮監督して業務執行全般を統括しており、副社長、専務取締役は、会社の業務執行につき権限をもって社長を補佐し、常務取締役は、対内的な業務執行を、営業、総務、経理などのように分け、それぞれの担当分野を指揮・統括するといった例が少なくないと思われるが、このような場合、社長以外の取締役が、社長の指揮監督を受けることを理由に、すべからく当然に従業員性を有するということにはならないのである。〔中略〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 以上のとおりであるから、原告は被告の従業員たる地位を有していたとはいえず、原告に対しては、被告の退職金規程の適用はないものというべきである。
〔賃金-退職金-退職慰労金〕
 原告は、被告の株主総会決議によって、被告の就業規則及び退職金規程は、被告の取締役及び代表取締役の退職慰労金にも適用されるとされた旨主張する。しかしながら、本件全証拠に照らしても、被告の就業規則及び退職金規程を、取締役にも適用する旨の株主総会決議があったとは認めることができない。被告の代表取締役社長であったCに対しては三〇〇〇万円の退職慰労金が支払われているが、右金額が被告の退職金規程に基づいて算出され、被告から支払われたとは認めることができない。
 また、原告は、同人が被告の就業規則一条二項の「その他これに準ずる者」に該当し、原告には被告の就業規則四三条が適用されるとともに、被告の退職金規程が適用される旨主張するが、前示のとおり、原告に対しては従業員性が認められないから、就業規則の適用が予定されているとはいえず(現に給与規程等は適用されていない。)、したがって、原告の右主張もまた採用できない。