全 情 報

ID番号 07110
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 呉中央水産事件
争点
事案概要  時間外手当の性質を有する営業手当の廃止をめぐり、労組委員長が公開質問状を市役所、取引会社、業界紙に配布したことを理由とする懲戒解雇につき、会社の信用低下の程度は重大なものとはいえず、解雇権濫用に当たり無効とされた事例。
参照法条 労働基準法37条
労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 労働時間(民事) / 時間外・休日労働 / 時間外労働、保障協定・規定
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
裁判年月日 1998年3月27日
裁判所名 広島地呉支
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 110 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例747号80頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間-時間外・休日労働-時間外労働、保障協定・規定〕
 1 営業手当の法的性質について
 (一) 証拠(〈証拠・人証略〉、弁論の全趣旨)によれば、次のとおり認められる。
 (1) 被告は、平成元年三月に鮮魚部の始業時間を午前四時から午前三時に繰り上げたが、平成二年三月から、当時はいわゆるバブル景気にともなって魚の入荷量が多く、被告従業員も一日一時間程度の残業が常態化していたことと、時間外手当の計算違い等が多発していたことから、予め一日あたり一時間の残業があるものとして一か月分の時間外手当を計算しておき、時間外手当の計算を簡素化することを発案し、右方式により支給する時間外手当を営業手当の名称とすることとした。
 (2) 右営業手当が支給されたのは、被告従業員のうち鮮魚部に所属し、実際に残業をしている従業員に限られており、鮮魚部のその他の従業員や冷凍塩干部等の他の部局の従業員は同手当の支給対象者とはされなかった。
 (3) 右営業手当の支給対象者である従業員が、欠勤、休暇又は早退等により、一日一時間の残業をしなかったときは、その残業を行わなかった日数に応じて、右営業手当の実際の支給金額は減額されることとされていた。
 右認定の各事実を総合して考えると、営業手当の法的性質は、被告が主張するように、時間外手当と認めるのが相当である。
〔解雇-解雇権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 3 本件質問状の配付による被告の信用低下の有無と程度
 争議行為を想定すれば明らかなように、労使関係が緊張、紛糾した場合において、労働組合が、右関係を会社外の目に知られることなく解決すべき義務を負っているとは解されず、むしろ、労働組合にあっては、労使紛争の行方を有利に導くために、右労使関係の現状を一般社会に積極的に知らせ、労働組合に対する支援、同情を得ようとすることは往々にして見られるところであり、このような労使紛争の公表にともなって当該会社の信用が低下することがあっても、その程度が通常の範囲内に留まる限りにおいては、労使関係をめぐる紛争過程において不可避的に生じ得る事態であり、右公表をもって直ちに違法ないしは労働組合の活動範囲を逸脱したものとまでいうことはできない。
 そして、証拠(〈証拠・人証略〉、弁論の全趣旨)によれば、本件質問状の配付後、これを知った被告の主要な取引先である大手食品会社の株式会社A及びB株式会社等から、被告に対し、本件質問状の記載内容や被告における労使関係について問い合わせがあったほか、業界紙である「食品速報」にも本件質問状に関する記事が掲載されたことが認められ、右事実によれば、本件質問状により、被告における労使関係の安定性に対する取引先等の信頼が損なわれ、ひいては被告の信用が低下したものと認められるが、その低下の程度については、被告が現に経済的損失を被ったり、その業務に重大な影響を受けたことを具体的に立証するまでの証拠はなく、いまだ抽象的な程度に止まるというべきである。
 4 結論
 本件解雇の理由は、原告が本件質問状を作成配布して、被告の信用を著しく低下させたという懲戒事由であるところ、被告の就業規則(〈証拠略〉)三三条によれば、被告が、従業員を懲戒解雇し得るのは、〔1〕一四日以上の無断欠勤、〔2〕故意、過失により事業上に重大な損害を与えたとき、〔3〕職務上の命令に反抗して職場秩序を乱したとき、〔4〕経歴詐称等により採用されたとき、〔5〕事業上の重大な秘密の漏洩、〔6〕しばしば懲戒されたにもかかわらず、なお素行がおさまらないとき、〔7〕有罪判決を受けたとき、〔8〕その他右〔1〕ないし〔7〕に準ずる行為のあったときに限られている。
 そして、前判示によれば、本件質問状の配付とそれによる被告の信用低下の程度は、右〔2〕所定の「重大な損害」にあたるとは解されず、また、原告がこれまでに懲戒処分を受けたこともない。そして、右〔8〕にいう「準ずる行為」とは、その非違行為の程度が右〔1〕ないし〔7〕に匹敵するものであることを要すると解されるところ、本件質問状の作成、配付とその前後の事情を検討しても、原告について、右「準ずる行為」に該当する事由を見出すこともできない。
 そうすると、被告の就業規則六〇条によれば、被告における懲戒処分は、けん責、減給、出勤停止、降職、諭旨免職及び懲戒解雇と定められているのであるから、本件質問状の配付を理由として、原告に対し、解雇以外の右各懲戒処分を経ることなく、直ちに解雇をもって臨み、原告を被告から排除してしまうことは、明らかに均衡を失し、解雇権の濫用であるといわざるを得ず、本件解雇は無効といわなければならない。