全 情 報

ID番号 07126
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 時事通信社事件
争点
事案概要  通信社の記者が平成四年の夏に約一か月の年休を申請したところ、会社が右期間の後半に属する勤務日について時季変更権を行使し年休を認めなかったのに対して、右勤務日に業務命令に違反して就業しなかったこと、及び日頃からの職務怠慢を理由に懲戒解雇され、その効力を争ったが懲戒解雇有効とされた事例。
参照法条 労働基準法39条
労働基準法89条1項9号
体系項目 年休(民事) / 時季変更権
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1998年4月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 10154 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1651号141頁/タイムズ981号101頁/労働判例740号32頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔年休-時季変更権〕
 使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、その長期休暇中の当該労働者の所属する事業場において予想される業務量の程度、代替勤務者確保の可能性の有無、同じ時季に休暇を指定する他の労働者の人数等の事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年休の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年休の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、右休暇が事業運営にどのような支障をもたらすか、右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。もとより、使用者の時季変更権の行使に関する右裁量的判断は、労働者の年休の権利を保障している労働基準法(以下「労基法」という。)三九条の趣旨に沿う、合理的なものでなければならないのであって、右裁量的判断が、同条の趣旨に反し、使用者が労働者に休暇を取得させるための状況に応じた配慮を欠くなど不合理であると認められるときは、同条四項ただし書所定の時季変更権行使の要件を欠くものとして、その行使を違法と判断すべきである。〔中略〕
 (1) 原告の勤務する社会部では、記者クラブに所属する記者が休暇等で取材活動を行うことができない場合に備え、その職務を代替させるために予め他の記者クラブに所属する記者を相方として定め、年休を取得する予定の記者は、年休の時期及び期間について、相方の記者と調整してから休暇届を出す取扱いになっていたところ、原告の相方の記者は、科学技術庁記者クラブに所属するA記者とされていた。A記者は、平成四年七、八月当時、同年九月に予定されていたスペースシャトルの打ち上げの事前取材の準備で多忙が予想されたため、同記者に原告の担当職務を長期にわたって代替させることは困難であった。また、本件時季指定に係る期間は、七月二七日から八月二八日までという、いわゆる夏休み期間に当たり、社会部員が交替で各自一週間程度の夏休みを取る時期と重なるため、取材人員が手薄になることから、A記者に代えて、原告の担当職務を代替し得る勤務者を見い出し、長期にわたってこれを確保することも相当に困難であった。なお、原告は、担当職務である公正取引委員会の処分関係の取材等については、通産省記者クラブ社会部分室の記者が不在のときは、経済部分室の記者がカバーすることになっていた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
 (2) 原告が当初年休の時季指定をした期間は約一か月間の長期かつ連続したものであったにもかかわらず、原告は、右休暇の時期及び期間について、相方のA記者との調整はおろか、被告との十分な調整を経ないで本件時季指定を行ったものである。
 原告は、被告との間で事前の調整を行ったとして縷々主張するが、本件時季指定に先立って、原告が被告との間で、被告の業務計画を考慮したうえで、社会部で同じ時季に休暇を予定している他の部員の休暇予定等との調整を図るための協議を行ったと認めるに足りる証拠はないから、到底事前の調整を行ったということはできない。
 (3) B社会部長は、本件時季指定に対し、原告の相方であるA記者が九月に予定されているスペースシャトルの打ち上げの事前取材の準備で忙しいため、同記者に原告の担当職務を代替させれば過重な負担をかけることになり、これを避けようとすれば社会部全体の取材陣容が手薄になるとの理由を挙げて、原告に対し、最初の二週間は休暇を認めるが、残りは九月にでも取ってほしいと回答し、そのうえでC総務局長は、本件時季指定に係る期間のうち、後半部分の八月一〇日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況下で、原告の本件時季指定に対して相当の配慮をしているといえる。
 これらの点を考慮すると、社会部内において原告の担当職務を約一か月間の長期にわたって代替し得る記者の確保が困難であった平成四年七、八月当時の状況の下において、被告が原告に対し、本件時季指定に従った長期にわたる年休を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その一部について時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が労基法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条四項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、本件時季変更権の行使は適法である。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 業務命令違反の欠務の点については、前記(争いのない事実等2及び3)のとおり、原告は、昭和五五年夏にも約一か月間の年休の時季指定をし、被告から時季変更権を行使された右期間の後半に属する勤務日について、業務命令に違反して就業しなかったことを理由として譴責処分を受け、右処分の無効確認等を求める裁判において、平成四年六月二三日、右時季変更権の行使を違法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法がある旨判示した最高裁判所の判決が言い渡されたことにより、被告との事前調整を経ずに長期かつ連続の年休の時季指定をした場合には、これに対する時季変更権の行使については、被告にある程度の裁量的判断が認められることを十分認識し得たにもかかわらず、今回も敢えて本件時季指定に及び、被告のC総務局長から八月一〇日以降出社しないと面倒なことになるからよく考えてほしいと出社を促されたにもかかわらず、同日以降出社しなかったばかりか、最高裁判所の右判決言渡し直後の記者会見において、「会社を辞めるまで、意地でも毎年一か月の夏休みを取ろうと思っている。」と述べるなど、今後とも被告の業務命令に従う意思のないことを明白にしているのである。
 また、職務怠慢の点については、通信社の記者にとって、会社からのポケベルに応答できる態勢を可能な限り常時整えておくことはもとより、その担当分野について責任を持って取材を行い、迅速に送稿することは、最も基本的な職務の一つであること、また、正当な理由なく執筆を拒否し、あるいは、後追い取材を拒否するようなことは、通信社の記者にとってあるまじき悪質な職務怠慢であることは明らかであり、出退勤がルーズであったり、決められた用字用語を覚えようとしなかったり、重要な客観的事実について誤りのある原稿を書き、これに加えて、自己の関心のある分野については力を注ぐ一方、担当職務であっても興味のない分野についてはなおざりにしか仕事をしないなどという原告の勤務ぶりは、被告の従業員としての自覚に欠け、記者としての基本を疎かにするものであるといわざるを得ない。
 これらの事情に照らせば、原告の業務命令違反の欠務及び職務怠慢は、懲戒規程五条一四号所定の「前条に該当する行為でも特に悪質と認められたとき、もしくは会社に与えた損害が大なるとき」に該当するというべきである。