全 情 報

ID番号 07168
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 東加古川幼児園事件
争点
事案概要  保育所を退職して一か月後に、うつ状態で自殺した保母につき、その死亡と勤務条件との間に相当因果関係があるとし、保育所側に安全配慮義務違反があるとして損害賠償責任を認容したが、過失相殺により、損害額の二割の支払が命ぜられた事例。
参照法条 民法415条
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1998年8月27日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ネ) 1625 
裁判結果 一部認容、一部棄却(上告)
出典 労働判例744号17頁
審級関係 一審/07007/神戸地/平 9. 5.26/平成6年(ワ)692号
評釈論文 上田達子・平成10年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1157〕221~222頁1999年6月/廣田久美子・法政研究〔九州大学〕66巻3号455~470頁1999年12月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは、このような状況の中で、自己の業務遂行に大きな不安を抱き、体重が減り始めるなど体調が悪くなったことなどから、被控訴人園を退職することを考えるようになった。さらに、前記のように園長である被控訴人Y1が協力するといっておきながら、実際には十分な協力をしなかったこともあって、同年三月二八日には、Aは、疲れ切った様子で園児を保育する状態ではなくなり、それまで書いていた保育日誌もそれ以降は書かなくなった。Aの家族はこの夜Aに退職を勧めたが、Aは、責任感から思い悩み、その夜はほとんど眠れず、次いで同月三〇日にも遅くまで被控訴人園で打合せがあったが、Aは疲れ切って放心状態となり、夜一二時頃帰宅するなり泣き崩れ、床についても目を開けて一点を見つめて放心状態を続け、ほとんど眠れず、翌三一日にB病院に入院した。入院時にAの体重は就職時の同年一月一日より約六キログラムも減少しており、精神的ストレスが起こす心身症的疾患と診断された。以上のとおりであって、これらの事実によれば、平成五年三月末には、Aは、新しい仕事に対する不安、責任感、環境の変化などで精神的にも肉体的にも極度に疲労していたことが明らかであるといえる。
 2 また、当審証人(人証略)の証言及び同人作成の意見書(〈証拠略〉)と弁論の全趣旨によれば、一般的に、三か月程度の期間ストレスが持続すればうつ状態に陥ることがあり、そして、うつ状態に基づく自殺は、うつ状態がひどい時期に起こることはあまりなく、外形的には元気を取り戻したかのように見える回復期に起こることのほうがむしろ多いことが医学的に広く承認されており、C医師(精神科医)の見解も同様であるが、さらに、本件のAの自殺に関して、同医師は、Aはうつ状態になった結果自殺したものであり、そのうつ状態になった原因は、Aの日常の勤務そのものが過重であったことに加え、保母としての経験が浅く年若いAに重大な責任を負わせ、それに対する配慮を欠いていた被控訴人園における仕事の過酷さ以外には思い当たるものがないとしていること、が認められる。Aが入院した前記B病院における医師の診断(〈証拠略〉)も、右認定ととくに抵触するものではなく(むしろ、右診断にいう回復に向かう時期にAが自殺したことは、うつ状態における自殺についての一般的な医学的見解に符合するものといえる。)、ほかに右認定を覆すに足りる客観的証拠はない。このことに、前記のとおり、被控訴人園では保母の定着率が極めて悪く、いつも保母を求人していたこともあわせ考えれば、被控訴人園の勤務条件は劣悪で、Aをうつ状態に陥らせるものであったというほかないことなど、本件にあらわれた事情を総合すれば、Aは、被控訴人園の過酷な勤務条件がもとで精神的重圧からうつ状態に陥り、その結果、園児や同僚保母に迷惑をかけているとの責任感の強さや自責の念から、ついには自殺に及んだものと推認することができる(Aが自殺したのは被控訴人園を退職してから約一か月後であるが、前判示のとおり、三か月間の過酷な勤務条件は十分うつ状態の原因となりうるものであり、その回復期に自殺が多いことからすれば、右退職から自殺までの一か月間は被控訴人園での勤務とAの自殺についての相当因果関係を否定するものではない。)。
 そうであれば、被控訴人園は、従業員であるAの仕事の内容につき通常なすべき配慮を欠き、その結果Aの自殺を招いたものといえるから、債務不履行(安全配慮義務不履行)による損害賠償責任を負うものというべきである。
 3 もっとも、自殺は、通常は本人の自由意思に基づいてなされるものであり、Aのような仕事の重圧に苦しむ者であっても、その全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものではないことはいうまでもなく、本件のような場合においても自殺する以外に解決の方法もあったと考えられ(現に、A自身も、他の保育所等に就職して従来と同種の仕事を続けることを考えたうえで、前記のとおり被控訴人園を退職している。)、Aがうつ状態に陥って自殺するに至ったのは、多分にAの性格や心因的要素によるところが大きいものと考えられるところであり、これらの事情に照らすと、Aの死亡による損害については、その八割を減額し、被控訴人園に対してはその二割を賠償するよう命じるのが相当である。
 なお、被控訴人Y2、同Y3及び同Y1の三名については、不法行為責任があるとまで認めるに足る証拠はない。また、被控訴人園の不法行為責任については、右のとおりその債務不履行責任を認めたので、判断するまでもない。