全 情 報

ID番号 07178
事件名 割増賃金請求事件
いわゆる事件名 桐朋学園事件
争点
事案概要  警備員の仮眠時間の労働時間性につき、本件仮眠時間は、職務としての拘束性が相当程度認められるとして、労働基準法上の労働時間に当たるとされた事例。
 変形労働時間制は法定労働時間制の例外となるものであるから、その内容は就業規則において明確に規定する必要があり、単に慣行上同様な取扱いがなされていたことをもって、その定めがなされていたとはいえないとされた事例。
 仮眠時間帯の賃金につき、本件仮眠時間は労働時間と認められるものであるが、常時肉体的又は精神的緊張を要求されるものではなく、本給はあくまで一七時間ないし二四時間の勤務の対象と考えるべきであり、割増賃金時間帯の賃金(本給)の未払いが存在するとはいえないとされた事例。
 警備員の割増賃金の規定が存在しない場合は、労働基準法一三条により法定の割増率による額を請求できるとされた事例。
 仮眠時間が労働時間となる場合、仮眠時間を含めて一時間当たりの割増賃金額を計算すべきとされた事例。
参照法条 労働基準法13条
労働基準法32条
労働基準法36条
労働基準法37条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 仮眠時間
労働時間(民事) / 変形労働時間 / 一カ月以内の変形労働時間
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 労基法違反の労働時間と賃金額
労働契約(民事) / 基準法違反の労働契約の効力
裁判年月日 1998年9月17日
裁判所名 東京地八王子支
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 1220 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例752号37頁
審級関係
評釈論文 橋本孝夫・労働法律旬報1468号10~17頁1999年11月25日/山田省三・労働判例759号7~14頁1999年7月1日
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-仮眠時間〕
 一 仮眠時間が労働時間に該当するか否かについて
 1 労働基準法が規制する労働時間とは、労働者が使用者の何らかの拘束下にある時間を前提として、そのうちから休憩時間(労働者が自由に利用できる時間)を除いた実労働時間をいう(同法三二条参照)。労働時間は、主に労働者が使用者の指示の下に現実に労務を提供する時間であるが、現実に労務を提供していなくても、労働者が使用者の指揮監督の下にあれば、これは労働者の自由にできる時間とはいえないので、労働時間に含まれるものである。したがって、仮眠時間が労働時間に当たるか否かを検討するに当たっては、これが労働者が自由に利用できる時間であるのか、それとも労働者が使用者の指揮監督下にある時間であるのかを検討することになる。そして、右の検討については、仮眠時間における職務上の義務の内容、程度及びその職務上の義務に対応する場所的、時間的制約の程度を実質的に考察して、労働からの解放性ないし職務としての拘束性がいかなる内容、程度であるかを基準として判断すべきである。〔中略〕
〔労働時間-労働時間の概念-仮眠時間〕
 原告ら警備員は、仮眠時間中においても、外出が禁止され、警報器や電話等に近接した仮眠場所が指定され、警報及び電話等があれば、これに対し相当の対応をすることが義務付けられていたものである。そうすると、原告ら警備員は、仮眠時間中でも労働から一切解放されていたわけではなく、その職務上の義務に対応する場所的、時間的制約も相当強固なものがあったというべきである。
 以上の点に照らすと、本件仮眠時間は、職務としての拘束性が相当程度認められるため、使用者の指揮命令から解放され、労働者が自由に利用できる休憩時間ということはできず、被告の指揮監督下にあったものということができる。よって、本件仮眠時間は労働基準法上の労働時間として扱われるのが相当である。〔中略〕
〔労働時間-変形労働時間-一カ月以内の変形労働時間〕
 警備員勤務規定は、勤務時間につき、「平日については、当日午後四時三〇分から翌日午前九時三〇分までとする。A学園音楽部門就業規則第一〇条に定める休日のうち第六号を除く休日については、当日午前九時三〇分から、翌日午前九時三〇分までとする。一週に一日の休日を設ける。」「警備員の勤務日は、公平を失しないよう配慮して、前月末までに決定し、割り当てるものとする。」と規定するのみであって、変形期間の定め、変形期間の起算日、各日、各週の所定労働時間の特定を規定していないものである。
 被告は、同規定に基づく警備員の勤務日の指定が一か月単位で行われていたことをもって、変形期間の起算日を毎月一日とする一か月の変形期間が定められ、右指定により、各日、各週の所定労働時間が特定されていたと主張するが、右規定の文言に照らすと、右指定は、単に警備員の具体的な勤務日を前月末までに定めることを規定したにすぎないのであって、その指定する場合の基準も定められていない。そうすると、これをもって、変形労働時間制の定めがなされたものと解釈することはできないものである。変形労働時間制は法定労働時間制の例外となるものであるから、その内容は就業規則において明確に規定する必要があり、単に慣行上同様な取扱いがされていたことをもって、その定めがなされたものと解釈することはできないものである。
 そうすると、一か月単位の変形労働時間制が採用されていた旨の被告の主張は理由がない。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 三 仮眠時間の賃金請求について
 仮眠時間帯は労働時間と認められるものであるが、前記事実のとおり、仮眠時間帯においては、常時肉体的又は精神的緊張を要求されるものではなく、特段の事態の生じない限り仮眠をとって差し支えないものであった。そうすると、被告は、このような勤務の特殊性の考慮の下に、一日の勤務時間を一七時間ないし二四時間とし、その勤務時間及び勤務内容に対応する対価として原告の賃金を定め、原告も、右の勤務条件を了解した上で被告と雇用契約を締結したものと解される。つまり、右勤務時間が、一日について八時間という法定労働時間を超えていても、本給は、右勤務時間及び勤務内容に応じて定められていることからすれば、八時間の法定労働時間の対価となると考えるべきではなく、あくまで一七時間ないし二四時間の勤務の対価と考えるべきである。そうすると、割増賃金時間帯の賃金(本給)の未払いが存する旨の原告の主張は失当である。〔中略〕
〔労働契約-基準法違反の労働契約の効力〕
 被告には、警備員の割増賃金に関する規定が存在しないものである。このような場合、被告の警備員は、労働基準法一三条により、三七条が定める一日八時間を超える労働時間については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分の率で計算した時間外割増賃金を、さらに午後一〇時から翌午前五時までの労働時間については、同二割五分の率で計算した深夜割増賃金の支払を請求できるものと解される。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 2 一勤務時間当たりの賃金単価
 前記のとおり、被告は、仮眠時間帯では特段の事態の生じない限り仮眠をとって差し支えないとする勤務の特殊性の考慮の下に、一日の勤務時間を一七時間ないし二四時間とし、その勤務時間及び勤務内容に対応する対価として原告の賃金を定め、原告も、右の勤務条件を了解した上で被告と雇用契約を締結したものである。そうすると、割増賃金等の金額算定の基礎となる原告の一勤務時間当たりの賃金単価は、仮眠時間帯を含めた労働時間をもとに算出すべきである。即ち、各年度において、労働基準法施行規則一九条、二二条(ママ)に準拠して、原告に対し支払われた賃金額を各年度の仮眠時間を含む勤務時間で除した金額が一勤務時間当たりの賃金額に当たるものである。