全 情 報

ID番号 07206
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 千葉県(小学校教員)事件
争点
事案概要  小学校教員である原告が、退職願の撤回を校長及び教育委員会部長に意思表示したにもかかわらず、教育委員会に取次をしてもらえなかったことにより、精神的及び経済的に損害を被ったとして、(1)右両名、及び(2)千葉県を相手どって損害賠償を請求したケースにつき、(2)の千葉県に対する請求は認容されたが、(1)の個人責任は否定された事例。
参照法条 民法709条
民法710条
国家賠償法3条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
退職 / 退職願 / 退職願いの撤回
裁判年月日 1998年1月13日
裁判所名 千葉地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 552 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 タイムズ981号88頁/労働判例755号56頁
審級関係 控訴審/07220/東京高/平10. 9.24/平成10年(ネ)395号
評釈論文
判決理由 〔退職-退職願-退職願いの撤回〕
 2 右事実関係によれば、原告は、意に添わない人事異動の説得を受けて感情的になり、平成五年三月二二日に本件退職願を当時の在勤校の校長被告Y1に提出したものの、その後考えを変えて、退職願を撤回し人事異動を受ける気持になったが、被告Y1との感情的なしこりから、すぐには、被告Y1に直接退職願撤回の意思を伝えなかったものの、三月二四日に、市教委学校教育部長の被告Y2に対して直接口頭で「身分上の保留」の希望を伝え、校長の被告Y1に対しては、Aを介して電話で、「退職願を撤回して内示された人事異動に応じる」との意思を伝えてもらったもので、退職願撤回の右意思表示が必ずしも明確ではなく正式な手続にそったものではなかったとはいえ、原告が本件退職願を撤回する意向であることは、右被告らには十分伝わる程度の内容のものであったといえる。
 また、原告は、その後も三月二九日に被告Y2及び被告Y1に対し本件退職願の撤回の意思を電話で明確に伝え、その為の協力を求め、協力が得られないと考えると、一人で千葉県教育庁の担当課等を訪問して本件退職願撤回の行動を起こしていて、この時点では、原告は、千葉県教育委員会や被告Y2、被告Y1に対し、本件退職願撤回の意思を明確に伝えていたといえる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 二 被告県の責任原因について
 1 次に、公務員において、自由意思で退職する場合は、一旦退職の意思表示をして退職願等の手続書類を提出した後であっても、これに対する退職承認処分があるまでは、退職の意思表示の撤回は原則として自由に為すことができるものと解されている。
 従って、原告から右一2のとおりの本件退職願の撤回の意向を知った平成五年三月二四日の時点では、被告Y1は、原告の所属学校長として市教委に対する教員人事の具申権を有する者であり、被告Y2は原告の所属校を管理する市教委の部長として教員人事に関する県教委に対する内申権にかかる事務を取扱う者であったから、それぞれ原告の右退職願撤回の意思を取次し必要な手段措置をすべき職務上の義務があったといえるし、原告から本件退職願撤回の明確な意思を伝えられた三月二九日の時点では、三月三一日付本件退職承認処分の発令を控えて、特に速やかに右措置をすべき職務上の義務があったといえる。
 2 しかしながら、被告Y2及び被告Y1は、前記一1の事実経過によれば、原告からの本件退職願撤回の意向や意思に接して、原告の意思を再確認してこれを市教委、千葉県教育委員会に伝える手続をせずに、本件退職願に基づく手続が進むのを放置したものであって、そのことが、後に取消された本件退職承認処分の発令に至る一因となったものであるから、被告Y2及び被告Y1の右対応は、右1の職務上の義務に違反した違法な職務執行であり、それにつき、被告Y2及び被告Y1には少なくとも過失があったものといえる。
 3 そして、被告Y1は当時被告県が費用を負担していた教育公務員であることは争いがないし、また、被告Y2についても、証拠(〈証拠略〉、被告Y2本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、昭和四二年から平成二年までの相当の長期間にわたって千葉県の公立小学校の教員として勤務し、その後四年間市教委の職員を務めた後、再び千葉県の公立小学校の校長として勤務し、右公立小学校在勤中は被告県が費用を負担する公務員であったこと、そして右四年間も今後の退職においては被告県が費用を負担する公務員としての在職期間とみなされこの通算期間にしたがって退職金が計算されることになること、が認められ、これらの事情からすれば、被告Y2は、当時一時的に流山市から給与等の支給を受けていたとはいえ、実質的にみれば、被告県が費用の一部を負担していた者である、と解するのが相当である。
 4 従って、被告県は、国家賠償法三条一項に基づき、原告の本件退職願の撤回の扱いに関する被告Y1及び被告Y2の右過失による違法な対応により被った損害を賠償する責任があるということができる。
 三 被告Y1及び被告Y2の個人責任について
 被告Y1及び被告Y2は、右1のとおり、原告の本件退職願撤回の意向・意思への対応につき、少なくとも過失による違法行為を行ったということができるが、前記一1のとおり、原告の退職願撤回の意向(三月二四日)が必ずしも直接の又は明確なものでなかったことや原告の退職願撤回の明示(三月二九日)が退職予定日の前々日で手続的に難しい時機であったことを考慮すれば、当該違法行為につき、右被告両名において、原告の本件退職願撤回の意思の把握が十分ではなかったことや手続的に間に合わないとし右被告両名が対応できる段階ではない等と考えたとみられる判断の誤りに過失があったといえるものの、それ以上に、悪意や重過失があったとまではいえない。
 そうすると、被告Y1及び被告Y2のこれらの行為(本件退職願撤回への対応)は、公権力の行使を補佐する公務員の職務行為に関するものということができるから、右被告両名につき悪意や重過失その他の特段の事情が見出せない本件では、被告千葉県が損害賠償責任を負うものであって、右被告両名が個人として原告に対して共同不法行為による損害賠償責任を負うものではないといえる。