全 情 報

ID番号 07232
事件名 譴責処分等無効確認請求事件
いわゆる事件名 東急バス事件
争点
事案概要  就業規則の服装規定に違反して脱帽乗務をした乗合バス運転手に対する譴責処分につき、懲戒権の濫用に当たらず有効とされ、また右処分後も違反行為を繰り返した者に対する降職処分も不相当に重いものとはいえないとされた事例。
参照法条 労働基準法89条9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 処分の量刑
裁判年月日 1998年10月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 16764 
平成7年 (ワ) 8368 
裁判結果 棄却(16764号)、棄却(8368号)(控訴)
出典 労働判例754号43頁/労経速報1692号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 2(一) 企業は、その存立と事業の円滑な運営のために必要不可欠な企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定めることができ、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務を負うものである(最高裁昭和五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号一〇三七頁参照)。したがって、企業は、その事業の内容、性質等に応じて、事業の円滑な運営のために必要不可欠な企業秩序を維持確保するため、それが合理的なものである限りにおいて、労働者の服装についても規則を定め、労働者に対してその遵守を求めることができるものである。
 (二) そこで、着帽乗務を定めた本件諸規定が合理的なものといえるかどうかについて検討すると、道路運送法二四条一項において、一般乗合旅客自動車運送事業者(乗合バス事業者)に対して自動車の運転者等に制服を着用させることを義務付けた趣旨は、右事業が不特定多数の公衆に対して運送の役務を提供することを内容とし、乗客の生命、身体、財産の安全に直接かかわる公共性の高い性質を有する事業であることにかんがみ、直接運行業務に携わる運転者等に対しては、その業務に従事中、事業の公共性と任務の重要性を絶えず自覚させるとともに、乗客に対しては、制服を着用している者が正規の運転者等であることを認識させて運転者等に対する信頼感を与え、もって、その業務の遂行を円滑ならしめることにあると考えられる。
 ところで、制帽は、当然に制服の一部となるものではないが、制服と併せ着用することにより、制服だけを着用している場合に比べ、より一層運転者等の自覚を高め、また乗客に対してはより一層規律正しい印象を与える効果があると考えられるから、運転者等に対する信頼感の醸成に寄与するものといえる。このように、制服と併せて制帽の着用を定めることは、右条項の趣旨をより一層明確な形で顕現するものということができる。また、制帽は、車内が混雑しているときなどには、乗客から運転者等の判別が容易になるなどの効果を持つことも考慮に入れる必要がある。
 以上述べたところからすると、制帽の着用により看過し得ない弊害が生ずると認められない限り、本件諸規定には合理性があるというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 (3) なお、不特定多数の公衆に対して役務を提供している被告にとって、提供すべきサービスを均質化する必要性があると考えられることからすると、バス運転士に対して一律に着帽を義務付けることにも合理性があるというべきであるし、反面、バス運転士に制帽を着用した者とこれを着用しない無帽の者が混在することになると、そのような不統一な状態であること自体、バス運転士、ひいてその業務遂行に対する乗客の信頼感を著しく損なう結果となるものといえる。
 もっとも、体質や頭部の傷害等といった個々の運転士の健康状態によっては、着帽を求めることが実情に沿わない場合もあり得るというべきであるが、そのことの故に本件諸規定が合理性を欠き無効になると解することはできない(原告らが制帽を着用できない健康状態にあったことをうかがわせる証拠はない。)。
 3 以上のとおりであるから、本件諸規定は合理性があり、この点に関する原告らの主張は、いずれも理由がない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-処分の量刑〕
 四 争点4(原告Xに対する降職処分の相当性)について
 1 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、被告は、各職員を資格(書記、技手等)とこれに対応する職群(自動車運転士、誘導掛等)により区分し、その上下により、毎年の基本給の昇給額や賞与の支給月数に差をつけ、給与に反映させていたこと、原告Xについては、本件降職処分により、技手二級・一級自動車運転士から書記補二級・誘導掛となり、降職時に基本給を七九〇〇円減額され、その後も、基本給の上昇額、賞与の支給月数が減少したことにより、平成六年六月から平成八年一〇月までに、合計五八万六〇五一円の収入が減少したことが認められる。
 2 原告Xは、降職処分が懲戒解雇に次ぐ処分であり、重過失による死亡事故や刑事事件の有罪判決を受けた場合など、非違行為が看過できない場合にのみ下される処分であるから、これらの懲戒事由との比較において、本件降職処分が不相当に重い旨主張する。しかし、原告Xの主張に係る各懲戒事由の前提事実が具体的な裏付けのない抽象的なものにとどまるのであるから、これと本件降職処分とを比較することには無理がある。また、原告Xは、脱帽乗務を反復継続したのみならず、再三にわたる上司による着帽乗務の業務命令にも従わず、本件譴責処分を受けた後も、さらに右違反行為を継続したのであるから、原告Xの右行為は、重大な企業秩序違反行為といわざるを得ない。これと、本件降職処分により原告Xが被る経済的不利益が二年五か月で合計五八万六〇五一円に過ぎないことを併せ考えると、たとい、原告Xが本件譴責処分以前に懲戒処分を受けたことがないとしても、本件降職処分が右違反行為に比して不相当に重いということはできない。