全 情 報

ID番号 07257
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 工業機器事件
争点
事案概要  営業課長が架空の受注納品伝票を起票したこと、あるいは虚偽の売上事実を申告したため過分の納税をしたこと等を理由とする損害賠償請求につき、不法行為を成立せしめるものではないとして、右請求が棄却された事例。
 右営業課長は、被告の代表者から「そろそろ会社をやめてもらいたい」等言われたことを契機に自ら退職したとして、退職金請求が認められた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条3の2号
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1998年12月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 2064 
平成8年 (ワ) 17347 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例759号52頁/労経速報1703号12頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 Aが、架空の受注納品伝票を起票することにより、実際には労務を提供していないのに提供していると見せかけてB会社を誤信させ、賃金等を騙取したとは認められない。
 二 争点1(二)について
 1 証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、B会社は、平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの事業年度分の確定納税申告の際、四〇〇万七五五三円の所得金額があるものとして申告し、法人税一一一万五四〇〇円、東京都事業税二一万七二〇〇円、都民税一六万三九〇〇円、栃木県事業税三万八三〇〇円、栃木県民税八四〇〇円、宇都宮市民税二万四六〇〇円(合計一五六万七八〇〇円)を納税したと認められる。
 2 B会社は、Aが申告したとおり売上・納品があったものと誤信して納税したと主張する。
 3 しかし、(証拠略)だけでは、B会社が別表2記載の取引を売上として計上し申告していたとは認められない。
 かえって、(人証略)は、受注納品伝票が作成されただけでは売上としては計上していないこと、納品があったとの報告があると総務部が受注先に請求書を送り、そのときに売上を計上するのが原則であること、納品の事実がないのに請求書を発送すれば受注先との間でトラブルが発生するはずであるが、トラブルが発生したことはないことを認めており、C本人も、納期が先のものは売上として計上しないことを認める供述をしている。
 4 よって、別表2記載の取引を売上として計上し申告していたとは認められず、Aが虚偽の売上事実を申告したため、B会社が過分に納税したとは認められない。
 三 争点1(三)について
 信用失墜による損害賠償請求は、Aに不法行為があったことを前提とするものであるが、前述のようにそのような事実は認め難い。また、請求書を発送して取引先との間にトラブルが発生したような場合とは異なり、内部的な文書である受注納品伝票の記載の正確性や訪問の事実等を確認するため取引先等に問い合わせたことにより、会社としての信用を失墜するとは通常認められないから、営業のための出入りを禁止されるような事実があったとしても、別の原因によるものであることが推認されるのであって、受注納品伝票の起票等に起因するものであるとは認め難い。
 したがって、Aの不法行為によって、B会社が信用を失墜したとは認められない。〔中略〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 1 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、Aは、平成七年五月下旬ころ、Cから「どこの誰かは言えないが、君があるところに行って私の悪口を言っているという話を聞いた。そういう社員には会社にいて欲しくない。そろそろ会社を辞めてもらいたい。」と言われたことをきっかけとして、同年六月二〇日をもって自ら退職したと認められる。なお、Cの右発言は退職を勧奨したにすぎず、解雇の告知であるとまでは認められない。
 2 これに対し、C本人はB会社の主張に沿う供述をするが、五月一五日当時どのような事実を認識していたのかについての同人の供述は信憑性に欠ける。また、Aの営業日誌(〈証拠略〉)には、五月一五日から五月三一日までは通常の営業活動の記載があり、六月一日に初めて残務整理、引継事務との記載があること、解雇を告知したという五月一五日、解雇日と定めたという同月二〇日以降もB会社は請求に応じて交通費を支払っていること(〈証拠・人証略〉)、(人証略)も退職のことを聞いたのは六月に入ってからである旨証言していることに照らしても、Cの供述は信用し難い。
 また、解雇した理由についてのB会社の主張は変遷しており、Aが六月二〇日まで出社していたことについても、当初(平成八年四月二二日付け準備書面)は、「C社長の留守を見計らって会社事務所に立ち入」ったと主張していたが、後に、同年一月二三日に夏期賞与の前払いとして四〇万三八二四円を支払済みであったので、その返還を求めない代わり残務整理をすることを求め、Aもこれを了承したものであるとの主張に改めている。このような主張の変遷からみても、B会社の主張は採用し難い。
 3 よって、Aの請求中、B会社に対し、平成七年六月分の賃金と退職金を請求する部分は理由がある。