全 情 報

ID番号 07268
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 センメイ商事事件
争点
事案概要  退職金をほぼ半額減額された原告がその減額分の支払請求したことにつき、在職中の功労を減殺する背信的行為があった場合にのみ許されるとして、本件においては右行為はなかったとして減額分の支払が命ぜられた事例。
参照法条 労働基準法89条3の2号
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 1999年1月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 5784 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労経速報1705号24頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 1 まず、本件減額条項の効力について検討する。
 退職金は、その額及び支給基準が就業規則等により定められている場合であっても、功労報償的性格を全く否定することはできないから、在職中あるいは退職後退職金の支給を受けるまでの間に、当該従業員にそれまでの功労を抹消あるいは減殺するような背信的な事由が生じた場合には、退職金の額を減額し、あるいはこれを支給しないものとする旨の規定を置くことも許されると解される。したがって、本件減額条項も、右のような限定解釈を加える限りにおいて、有効と解すべきである。
 なお、原告は、本件退職金規則そのものが効力を有しない旨主張するが、就業規則は、仮にこれが労基法義務付けられている方法による周知及び届出を欠いたからといって、また、その存在を原告が知らなかったからといって、直ちにその効力が否定されるものではないから、原告の主張は理由がない。
 2 以上の見地からすると、本件では、原告が、退職後、退職金のほぼ半額を減ずることが正当化されるほどに在職中の功労を減殺するような背信的行為を行ったといえる場合に限り、被告は、残余の退職金の支払を拒絶することができると解される。〔中略〕
 原被告間において退職後の競業を禁止する旨の特約があったことを窺わせる事情は認められず、かえって、原告本人、被告代表者本人によれば、Aは、原告が退職後同業他社に就職することを予測しながら、原告の退職に際し何らこれを禁ずるような発言をした形跡がないから、原告が競業避止義務を負う根拠はないといわなければならない。したがって、原告の競業行為が、その在職中の功労を減殺するほど背信的な手段によって行われた場合に限り、被告は、本件減額条項に基づき、原告の退職金を減額することができると解すべきである。
 そこで、以下被告が指摘する原告の背信的行為について、順次検討する。
 (一) まず、被告は、原告が、積極的にBに働きかけて競合会社Cを設立し、在職中に得た被告の取引先に対する納入価格に関する情報を持ち出して被告の取引先を奪ったと主張する。そして、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、退職後である平成一〇年二月ころ、Bから大阪市内で営業を行う方法等について相談を受けたこと、Bは、同年三月一〇日被告の競業会社であるCを設立し、原告はその顧問に就任したこと、原告は、退職後である同年一月一五日過ぎころから、従来担当していた取引先(七、八〇社)に退職の挨拶をしたが、その際、取引先に対し、「同じ仕事をすることになれば、宜しくお願いします」との趣旨の挨拶をしたこと、原告は、C設立後は、その顧問として、被告の取引先に対しCとの取引を働きかけるなどの活動をしたこと、その結果、D社、E社、F社は被告との取引を解消し、Cと取引するようになったこと、原告は、Cが有限会社Gに対し同年五月七日に提出した見積書を作成し、その際単価を被告の納入価格より若干安く設定したこと、同じくCが株式会社Hに対し同年七月八日に提出した見積書を作成するにつき、その単価設定をアドバイスしたことがそれぞれ認められる。なお、I社、J社、K社、L社及びM社については、これらが被告との取引を解消したことに原告が関与したことを認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、原告は、Cの設立に関し何らかの関与をしたことが強く窺われるし、また、被告の取引先に対しCとの取引を働きかけたり、Cに協力して被告の納入価格より若干安く単価を設定した見積書を作成したりしたことが認められる。また、その結果D社、E社及びF社の三社が被告との取引を解消したことが認められる。しかしながら、これらの行為は、被告を退職した原告が、その経済活動の自由の範囲内において行うことのできる通常の営業活動であると考えられ、原告の競業行為自体が禁止されない以上、何ら被告に対する背信的行為と評価しうるものではない。また、(書証略)及び被告代表者本人によれば、被告は七〇〇社の取引先を有しており、右三社との取引を失ったことによる売上の減少は、多い年で全体の売上の三パーセントにも満たないことが認められるから、原告の行為により被告が重大な損害を被ったとも認められない。
 この点に関し、被告は、原告が被告の納入価格より若干安く単価を設定した見積書を作成することができたのは、被告から情報を持ち出したからであると主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はなく、原告は、自らが把握していた被告の納入価格に基づき、右見積書を作成したものと考えられる。そして、納入価格に関する情報は、従業員は在職中に当然に把握することができるものなのであるから、競業行為そのものが禁止されない以上、退職した従業員が、知識として有する右情報を利用して有利に営業活動を行うことも、原則として禁止されるものではないというべきである。
 (二) 次に、被告は、原告がN社に働きかけ、同社よりCが仕入れることができるよう画策した旨主張する。しかしながら、(書証略)、原告本人及び被告代表者本人によれば、N社はもともと原告と同社の大阪営業所長との個人的な関係によって被告と取引を開始するに至った取引先であったため、原告が被告を退職したことにより、同社の独自の判断で被告との取引を解消した事が認められ、かかる経緯に鑑みれば、原告がN社に対し何らかの働きかけをしたとしても、これが被告に対する背信的な行為となるものではないというべきである。
 (三) さらに、被告は、原告がCに入社させるため、O、P及びQに働きかけ、同人らを退社させた旨主張する。しかしながら、かかる事実を認めるに足りる証拠はなく、被告代表者本人によれば、原告の働きかけがあったというのは被告の推測に過ぎないことが明らかである。
 4 以上によれば、被告が指摘する原告の行為は、いずれも被告に対しその在職中の功労を減殺するほど背信的なものであるとは認められないから、被告は、退職金の残額二〇三万三二四〇円の支払を拒絶することは許されない。