全 情 報

ID番号 07330
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 秩父じん肺事件
争点
事案概要  埼玉県秩父地域の鉱山で鑿岩等の作業に従事し、じん肺に罹った患者本人及びその遺族が、会社が発じん抑制の措置をとらなかったこと、粉じん曝露回避の措置をとらなかったこと、じん肺教育を行わなかったこと等につき会社に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を請求したケースで、右に挙げた理由による会社の安全配慮義務違反が認められ、請求が一部認容された事例。
参照法条 民法415条
民法709条
民法722条
民法719条
民法166条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1999年4月27日
裁判所名 浦和地熊谷支
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 371 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1694号14頁
審級関係
評釈論文 天川博義・平成12年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1065〕120~121頁2001年9月/麻生利勝・安田火災ほうむ47号93~102頁2001年4月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 債務不履行責任の前提としての安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う付随義務として一般的に認められるべきものであるから、直接の雇用契約関係にない注文企業と請負企業等(下請企業等を含む。)の従業員の場合であっても、注文企業と請負企業との間の請負契約、及び請負企業とその従業員との間の雇用契約等の複数の契約を媒介として間接的に成立した関係が、社会通念に照らして、事実上雇用契約関係に準じる関係にあると評価される場合には、注文企業も信義則上請負企業の従業員に対して右安全配慮義務を負うと解するのが相当である。
 そして、右の雇用契約関係に準じる関係にあるといえるか否かについては、請負企業等の当該従業員が注文企業の実質的な支配従属関係下にあるか否かという観点から判断すべきであり、かつ、その判断にあたっては、〔1〕請負企業等が注文企業からの実質的独立性の強い企業であるか、実質的従属性の強い企業であるか、〔2〕注文企業が請負企業等の当該従業員の人事権を事実上掌握しているか否か、〔3〕請負企業等の当該従業員が注文企業から事実上の指揮命令・監督を受けているか否かなどを中心として、他に、〔4〕請負企業等の当該従業員が注文企業の指定・管理する場所で作業しているか否か、〔5〕請負企業等の当該従業員が注文企業の選定・供給する設備・器具等を使用して作業しているか否かなどの諸事情を考慮に入れるべきである。〔中略〕
 (6) 以上の諸事情を総合考慮すれば、組従業員原告らは注文企業である被告Y1会社の実質的な支配従属関係下にあったと解されるから、被告Y1会社と組従業員原告らとの関係は、社会通念に照らして、事実上雇用契約関係に準じたものであったと評価するのが相当である。
 したがって、被告Y1会社は、直接の雇用契約関係にない組従業員原告らに対しても、信義則上右安全配慮義務を負っていたというべきである。〔中略〕
 被告Y2会社がA会社に請け負わせた作業の内容は、鉱山における作業を含むものであって、じん肺罹患という作業者の生命・健康に対する重大な危険を内包しているものであったことが認められること、鉱山保安法及び金属鉱山等保安規則は、鉱業権者をして、直接の雇用契約関係にあるか否かにかかわらず、当該鉱山で就労する全ての鉱山労働者との関係において、鉱山労働者に対する危害の防止と鉱害の防止等の目的のために、各種の義務を負わせているところ、同法及び同規則は、公法上の取締規定であるとはいえ、鉱山における作業の危険性に着目して、鉱業権者の責任において、全ての鉱山労働者の生命・健康を守ろうとの趣旨をも含むものであると解されるから、私法上の一般的注意義務(不法行為上の注意義務)の存否を判断するにあたっても、同法の趣旨は十分に尊重する必要があるというべきであること、並びに右二3(一)(5)記載の諸事情等に照らせば、被告Y2会社は、直接の雇用契約関係にない亡Bに対しても、信義則上、不法行為責任を発生させる前提としての注意義務(不法行為法上の安全配慮義務)を負っていたと解するのが相当である。〔中略〕
 身体に何らかの被害を受ける形態での損害は、通常その被害の態様や程度あるいはそれが治癒した場合の後遣症等が医学的に特定できるから、その被害の時あるいは後遣症の固定の時に損害が発生したと見ることができる。〔中略〕
 じん肺の病変の特殊性等に鑑みると、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害及びその後の死亡に基づく損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ない。
 (5) よって、重い決定に相当する病状に基づく損害あるいは死亡に基づく損害は、その決定を受けた時あるいは死亡の時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点において、その後の重い決定に相当する病状に基づく全損害が発生したとみることや、最終の行政上の決定を受けた時点において、死亡に相当する損害が発生したとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして、是認することはできない。
 (6) 以上検討してきたところによれば、雇用者の安全配慮義務違反によってじん肺に罹患したこと、あるいはそれが原因で死亡したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効については、各管理区分に相当する病状に基づく各損害あるいは死亡による損害につき、それぞれ、各管理区分決定の時あるいは死亡の時から時効が進行すると解するのが相当である。〔中略〕
 1 右一記載のとおり、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことあるいはそれが原因で死亡したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効については、各管理区分に相当する病状に基づく各損害あるいは死亡による損害につき、それぞれ各管理区分決定の時あるいは死亡の時から進行する。
 2 消滅時効の起算点が右1のようなものであるとすると、例えば、管理三の行政上の決定を受けた者について、管理二の行政上の決定時点から起算した消滅時効が完成しているという事態がおこり得る。そのような場合、じん肺の慢性進行性という病状の性質に鑑みると、「管理三のじん肺罹患患者は、同時に管理二のじん肺罹患患者といえるから、管理三の決定を受けた者の管理三の病状に基づく損害は、管理二の病状に基づく損害を内包していて、管理二の病状から切り離された管理三独自の病状に基づく損害というものはあり得ない。したがって、管理三の病状に基づく損害についての消滅時効が完成していない場合には、管理二の病状に基づく損害だけが独自に時効消滅することはない。」という考え方も成り立ち得るように見える。
 しかしながら、右はあくまでも医学上の病状を基にした見解である。前記のとおり、法的にこれを見るときは、各管理区分の決定があった時点において、その決定に相当する病状に基づく損害が発生しあるいは死亡の時にそれに相当する損害が発生し、同時にそれについての損害賠償請求も法律上可能となり、しかも、各管理区分の決定あるいは死亡に基づく損害は、各々法的にみて質的に異なるものと解すべきなのであるから、より軽い管理区分決定から切り離されたより重い管理決定に相当する病状に基づく損害も、法的には存在するものといわざるを得ない。
 したがって、少なくとも消滅時効の進行に関しては、各管理区分の決定あるいは死亡の時からそれぞれ別個の損害として進行すると解すべきである。
 そうすると、例えば、管理二の決定を受け、更に管理三の決定を受けた者の場合、管理三の病状に基づく損害については消滅時効が成立していなくても、管理二の病状に基づく損害については消滅時効が成立していることがあり、逆に、管理二の病状に基づく損害については消滅時効が成立していても、管理三の病状に基づく損害については消滅時効が成立していないということもあり得ることになる。