全 情 報

ID番号 07412
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 やちや酒造事件
争点
事案概要  毎年一一月初め頃から四月初め頃まで、酒造業者Yに住込みで連続勤務体制の下、高温多湿の環境又は屋外と同じ寒い蔵内での筋肉労働、高所作業等に従事し、一五年にわたり稼動してきた酒造りの職人(蔵人)(右以外の期間は農業等に従事)X(六五歳)が、四一日間連続して労働に従事し、週約六三時間を超える労働に従事し、時折深夜の点検作業も行っていたところ、脳梗塞を発症して約五〇日間入院し、その後、通院を継続していたが、軽度の麻痺が残ったことから軽作業にしか従事できない状況に陥ったため、本件脳梗塞発症はYでの過重な労働によるものであり、Yには安全配慮義務違反という債務不履行があったとして、損害賠償を請求したケースで、本件脳梗塞発症とXのYでの労働との間には相当因果関係があるとしたうえで、Yは作業環境及び作業条件の整備、健康状態の把握と配慮を行っておらず、安全配慮義務違反が認められ、損害賠償責任があるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1998年7月22日
裁判所名 金沢地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 558 
裁判結果 認容(確定)
出典 タイムズ1006号193頁
審級関係
評釈論文 三村憲吾・平成11年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1036〕372~373頁2000年9月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原告の従事した本件労働は、長時間労働の連続であったという面においても、また、高温多湿環境での筋肉労働とその直後の急激な寒冷暴露、寒冷下の筋肉労働、高温多湿環境での単独筋肉労働、神経の緊張を招く高所作業、深夜作業(ただし、低頻度・短時間)等の反復連続であったという面においても、更には、疲労を回復する機会・設備が不十分であったという面においても、原告に対して身体的・精神的に過重な負担・ストレスを与え、脳梗塞等の循環器疾患を発生させる危険の高いものであったというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原告は、本件脳梗塞発症当時、六五歳で、境界域血圧もしくは軽度高血圧と評価される状態にあり、六〇歳頃までは飲酒・喫煙歴がありその後も時折少量飲酒していたものと窺われ、これらのこと及び一五年に及ぶ蔵人としての労働の影響により、ある程度、脳の血管に変化を引き起こしていたと考えられるが、六か月前の健康診査の結果等からは、自然的経過では脳梗塞を起こす危険があるとは推測できない状態であり、他に脳梗塞を惹起する有力な因子となる事情も見当たらなかったところ、前記のような過重な負担・ストレスを与える本件労働に従事したことにより、これが共働原因となって、右のような基礎疾患・脳血管の変化を、自然的経過を超えて著しく悪化させ、その結果、本件脳梗塞を発症させるに至ったものと認めるのが相当である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原告は、平成六年一一月五日から一二月一六日までの四一日間連続して労働に従事していたものであり、一一月二五、六日以降の約三週間は、連日、朝五時すぎから夜八時三〇分ころまで、一日約九時間強、一週約六三時間超の労働に従事し、時折深夜の点検作業も行っていたものである。そして、被告は、右のような労働体制を当然の前提として酒造りの業務を行っていたものと認められる(被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨)。このような長時間労働を連日続けさせるのは、明らかに労働者に身体的・精神的に過重な負担を与え、労働者の生命・健康の安全保持に大きな障害となるものであり、かつ、労働基準法の定める労働時間規制及び休日付与規制(労働時間は一日八時間、週四〇時間を限度とする労働基準法三二条の規定及び週一回以上の休日を与えるべきであるとする同法三五条の規定等)を大きく逸脱するものであって、安全配慮義務に違反していることは明らかである。しかも、本件労働内容自体が身体的・精神的に過重な負担・ストレスとなること及び原告の年齢・身体条件等を考慮すると、その違反の程度は顕著なものと言わなければならない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 被告における酒造りに際しての原告の労働は、高温多湿環境下での筋肉労働、高温多湿環境下労働直後の寒冷暴露、屋外とほぼ同じ温度で寒い蔵内での筋肉労働、転落の危険があり神経の緊張を招く高所作業、深夜作業の反復連続であり、いずれの作業も身体的・精神的に大きな負担・ストレスを与える可能性の高い類の作業なのであり、かつ、被告方に住み込んでの連続勤務体制だったのであるから、酒蔵の温度を一〇℃以下の低温に維持することが必要であるとの事情を考慮に入れてもなお、被告としては、作業環境である蔵内の温度設定等について必要な措置を講じたり、交代作業制や複数作業制等適切な作業体制を設定したり、更には休憩、就寝の場所に適切な設備をして疲労回復を図るなどして、右各作業による負担が過重にならないよう配慮すべき義務があったものというべきであるのに、被告は、これらの点につき、蒸米取りにおいて一部手伝いを付した以外には、何らの配慮もしておらず、その結果、原告に過重な負担・ストレスをかける結果となったものであるから、この点においても、被告に安全配慮義務の違反があったことは明らかであり、原告の年齢・身体条件等を考慮すると、右各作業による危険性は一層高いものと理解されるのであるから、この点における被告の義務違反の程度も顕著なものと言わなければならない。
 (三) 健康状態の把握と配慮
 被告の酒造りの業務においては蔵人に前記のような身体的・精神的な負担・ストレスをかける作業が予定されているのであるから、被告としては、原告その他の蔵人を雇い入れるにあたっては、健康診断をしたり、健康診断の結果の書類を提出させる等して、その健康状態を把握し、これを考慮して、健康を保持するために適切な作業条件・作業環境を設定すべきであったものというべきである。しかるに、被告は、原告の健康状態を全く把握しようとせず、原告が「やや高血圧」という状態にあることを認識しないまま、原告に過重な負担を課する労働をさせ続けたものであって、この意味でも、被告に安全配慮義務の違反があったことは明らかである。
 被告は、原告は季節労働者であるから健康診断は必要でないと主張するが、被告における労働内容が前記のようなものであったことに、原告は一五年連続被告において蔵人として働いてきたことを併せ考えると、原告が季節労働者であったことをもっては、被告に原告の健康状態を把握して配慮を加えるべき義務があったことを左右することはできない。
 3 そして、被告は、右のとおり安全配慮義務に違反した結果、原告に本件労働を続けさせて身体的・精神的に過重な負担・ストレスを与え、これが共働原因となって本件脳梗塞を発症させるに至ったものであるから、被告は、安全配慮義務違反による債務不履行責任として、本件脳梗塞発症により原告の被った損害を賠償すべき義務がある。