全 情 報

ID番号 07424
事件名 懲戒処分取消請求事件
いわゆる事件名 北海道教委(ストライキ)事件
争点
事案概要  公立学校の教職員(教諭、養護教諭又は事務員)として勤務する地方公務員で北海道教職員組合の本部中央執行委員であるXら一二名が、人事院勧告(公務員の賃金の遡及引上げ等)の完全実施を要求する争議行為の実施を内容とする運動方針を決定し、組合各機関に対し実施体制の確立を指示する文書を作成、配布したうえ、実施の指令を発し、それに基づいて組合が計三回の早朝二時間のストライキを実行したため、右Xらの一連の行為が地方公務員法二九条一項所定の懲戒事由に該当するとして、北海道教育委員会から六か月間一〇パーセントの減給処分を受けたため、右処分の取消しを請求したケースで、(1)地方公務員の争議行為を一律に禁止する地方公務員法三七条一項は合憲としたうえで、本件争議行為実施に至るまでのXらの一連の行為はいずれも地方公務員法三七条一項の規定に違反することから、同法二九条一項一号の懲戒事由に該当し、(2)本件懲戒処分の合憲性については、本件人事勧告が実施されなかったことによって、公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置その本来的機能を失ったといえる事態に至っていたとまでは認められないことから、争議行為の違法性が阻却されるものではなく、憲法で保障された争議権の行使とはいえないので、合憲であるとしたが、(3)完全実施することが慣熟した慣行となっているといわれていた人事院勧告等が凍結ないし大幅に圧縮されるという極めて異例・異常な事態の下でなされた本件争議行為は目的・動機の点で違法性は高くなく、行為の手段、態様も非難されるべき点は格別見当たらないこと等を考慮し、本件懲戒処分は社会通念上著しく相当性を欠き、裁量権の濫用により違法であるとして、請求が認容された事例。
参照法条 地方公務員法37条1項
地方公務員法29条1項1号
日本国憲法28条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 違法争議行為・組合活動
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 1999年2月26日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (行ウ) 19 
裁判結果 認容(控訴)
出典 タイムズ997号113頁/労働判例762号37頁/判例地方自治186号67頁
審級関係
評釈論文 倉田原志・法学セミナー44巻9号100頁1999年9月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 以上のとおり、地公法三七条一項が地方公務員の争議行為を一律に禁止している趣旨は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益の確保にあると認められ、その目的は正当というべきであり、また、制度上適切な代償措置が講じられている以上、利益の均衡も保たれているというべきである。したがって、地方公務員の争議行為を一律に禁止した地公法三七条一項が憲法二八条に違反するということはできない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 人事院勧告制度は、代償措置の中で最も重要なもののひとつであり、給与などの勤務条件改善のためのほとんど唯一の手段である。したがって、人事院勧告が誠実に実施されないことは、代償措置が本来の機能を果たさず、その実効性を失うような事態の生じていることを意味し、違憲状態を招きかねないものであるから、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を負う国会及び政府としてはこれを十分尊重し、真摯に実施するよう努めなければならない。国会及び政府側において真摯誠実に努力を尽くした上のことで、人事院勧告を実施しないことが真にやむを得ないと認められる場合は別として、国民を納得させるべき何ら合理的な理由もなく、人事院勧告の全部もしくは大部分が実施されないなど、人事院勧告制度が明らかに不十分な機能しか果たしていない場合には、代償措置がその本来的機能を失ったとみられ、右のような事態に立ち至ったときには、国家公務員がこの機能の回復を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出ることは、例外的に、憲法上許容される余地があると解すべきである。地方公務員と人事委員会勧告との関係についても同断である。したがって、適用違憲の判断においては、国会、政府及び地方公共団体において、人事院勧告ないし人事委員会勧告の完全実施について真摯誠実に努力を尽くしたか否かが大きな要素になるというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 裁判所が右処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかを判断し、その結果と現実に科された懲戒処分とを比較してその適否を論ずるものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認められる場合に限り違法と判断すべきものである(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁)。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 本件争議行為が、完全実施することが慣熟した慣行となっているといわれていた人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告が凍結ないし大幅に圧縮されるという極めて異例・異常な事態の下で、労働基本権制約の代償措置である人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の機能回復を目的として行われたものであり目的・動機の点で違法性のさして高くないものであったこと、本件争議行為の手段、態様が午前中二時間の単純な職務放棄というものであって、暴力行為等を伴わないものであり、原告らの行為自体についても方法的に非難されるべき点は格別見あたらないこと、本件争議行為の影響は、原告らの業務が教育という特別なものであるという特殊性はあるものの、生徒に教育上取り返しのつかない重大な支障を与えるものではないこと、民間労働者や公共企業体の労働者との比較からすると、人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告を凍結ないし大幅に圧縮する必要性はなく、かえってこれを凍結ないし大幅に圧縮することは地方公務員に酷な面があること、世論等の動向は、概ね人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施を支持する方向にあったこと、以上の事実を考慮すると、本件争議行為の違法性は、全体として、かなり少なく、その影響も小さいと認められる。
 また、政府ないし北海道当局が人事院勧告ないし北海道人事委員会勧告の完全実施に向けた真摯誠実な努力を尽くしたかについては疑問が残り、北海道当局が原告らに対し懲戒処分をもって臨むことは、自らすべきことを尽くさないで懲戒処分のみ厳重に科すというそしりを受けざるを得ない。
 本件処分は、六か月間給与の一〇パーセントを減給するというものでそれ自体相当に重い処分であり、これに加えて、事実上、昇給延伸という重い不利益をも科されることを考慮すると、本件処分を受けることによって原告らが被る不利益は甚大である。
 そして、本件争議行為を懲戒処分の対象にしないことによって違法なストライキが誘発されるなどの副次的作用がひきおこされるとも考え難いことなどの事情を総合勘案すると、本件争議行為に対し懲戒処分をもって臨むことは、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものとして違法であり、少なくとも、原告らに対し、減給六か月という処分を科すことは重きに失するといわざるを得ない。