全 情 報

ID番号 07491
事件名 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 明治書院(解雇)事件
争点
事案概要  高校用教科書を中心とする出版会社Yの従業員で労組の組合員であるXら九名が、Yが少子化傾向に伴う生徒数の減少による業績悪化のため、経費削減、業務の効率化等とともに希望退職募集を実施したところ五名が退職することになったため、続いて第二次希望退職者募集を実施したが応募者がなかったことから、従業員の任意に基づく雇用調整の方針が尽きたと判断し、整理解雇による雇用調整の実施を決定し、団体交渉を申し入れたが、労組はこれを拒否し、整理解雇の必要性の有無に固執し、経営資料の公開を求めたのみであったことから、これ以上協議しても進展が望めないとして、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡という人選基準(高齢社員及び入社三年以内の者には適用なし)に基づいて選抜したXらを含む一〇名に対して、解雇の意思表示を行ったことから、本件解雇は整理解雇の基準をみたしておらず、また不当労働行為に該当し、無効であるとして、労働契約上の地位確認及び賃金支払を請求したケースで、(1)解雇時点における人員削減の必要性を認めるに足りる合理的かつ客観的な理由があったこと、(2)解雇に先立って希望退職者募集の実施等の解雇回避努力が相当尽くされていること、(3)人選基準も相当程度客観的かつ合理的な部類に属し、労働組合の組織率の高さから解雇対象者のほとんどを組合員が占めたとしても不自然ではないこと、(4)Yは整理解雇を正当化する程度に本件労働組合と協議を尽くしたといえることから、右(1)から(4)の要素を総合考慮して本件解雇は解雇権の濫用に該当せず、不当労働行為にも該当しないとしてX1を除くXら八名については請求が棄却されたが、X1の解雇については、人選基準の具体的適用を誤り解雇権の濫用により無効であるとして、X1について賃金の仮払請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 2000年1月12日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成11年 (ヨ) 21153 
裁判結果 一部認容、一部却下(一部確定)
出典 タイムズ1038号194頁/労働判例779号27頁/労経速報1745号3頁
審級関係
評釈論文 松本哲泓・平成12年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1065〕378~379頁2001年9月
判決理由 〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 右認定の事実に照らせば、第八二期から、債務者が本件雇用調整を決断した時期にまたがる第八七期に至るまで、債務者の業績は悪化の一途をたどっているということができること、一方、債務者においては、業態の多角化を図ったとはいえ、これを徹底するまでには至っておらず、いまだ高等学校用教科書販売を主たる経営内容としており、しかも、教科書の採択が従前どおり債務者にとって有利な状況にはなく、かえって、大手有力出版社が高等学校用教科書の分野における活動を強化し始めたこと、このような事情にかんがみれば、債務者の業績の悪化は単に一時的なものではなく、この傾向は少なくとも今後数年は継続するものと予想されること、本件雇用調整を図るため債務者は二度にわたり希望退職者募集を行ったが、これに応じた五名の人件費では、債務者の収支を均衡させるに足りる削減人件費約一億円には足りず、なお六四〇〇万円の人件費削減が必要であったこと、以上の事実が一応認められる。よって、債務者は、本件解雇を行った平成一一年七月の時点において人員削減の必要性を認めるに足りる合理的かつ客観的な理由があったものというべきである。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 一で認定した事実、とりわけ、債務者は第八一期以降経費削減の努力をしてきたこと、平成八年以降業務の効率化のための施策を実施してきていること、それにもかかわらず債務者の経営状況は好転せず、平成一一年初頭において、債務者の収支を均衡させるためには人件費を一定額削減しなければならない状況に陥ったため、債務者は希望退職者募集(第一次)を行ったこと、しかし、応募者が削減の必要な人数に達しなかったため、債務者は再度希望退職者募集(第二次)を行ったが、これには応募者が出なかったこと、以上のとおり希望退職者数募集人員には達しなかったため、債務者はやむを得ず整理解雇によってこれに対応することを選択したこと、以上の事実が一応認められる。そうすると、債務者は本件解雇を回避するための相当な努力を尽くしたものというべきである。
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準〕
 一で認定したとおり、本件解雇に当たって採用された人選基準(本件人選基準)は、平成九年二月二一日から平成一一年六月二〇日までの間の遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡(ただし、昭和一九年一二月三一日以前に生まれた従業員及び平成八年四月一日以降に入社した従業員を除く。)というものである。一方、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、右の基準のうち生年月日による制限については、高齢者は再就職が一般に困難であること、同じく入社年月日による制限については、入社歴が浅い者については、債務者が会社業務に習熟させるために教育、研修等を行っている最中であり、教育等のために支出した費用の回収が十分ではないこと、以上の点を債務者が慮った結果によるものであることが一応認められる。これらの事実に加え、遅刻、早退、欠勤の総合計時間の多寡を整理解雇の人選基準とすることは、整理解雇における人選基準として想定し得る基準の中でも相当程度客観的かつ合理的な部類に属するものであるということができることにもかんがみれば、本件人選基準は合理性を有するというべきである。
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
 債務者が、同年三月九日開催の団体交渉に先立って、本件労働組合に対して団体交渉の開催を申し入れた際、議題として「会社よりの説明事項」としか挙げていなかったこと、第二次希望退職者募集に先立って本件労働組合が提出しようとした雇用確保緊急要求書について、債務者は書面の交付は団体交渉で行うのが慣行であるとしてその受領を拒否したこと、あるいは、債務者が、団体交渉の場において、業務上の問題は債務者の経営権に属する事項であり、団体交渉における協議の対象事項とはならないとの回答をし続けたことなどは、本件雇用調整あるいは本件解雇に関する協議を行うに当たって経営者として硬直的、形式的な対応をしたという面は否定できない。また、債務者において、本件労働組合の了解を取り付けるためになお時間をかけて十分協議を行うことは物理的には可能であったということができ、整理解雇に踏み切るに当たり性急のそしりは必ずしも免れないともいうべきである。
 しかし、一方で、前記認定のとおりの債務者と本件労働組合との間の協議等の経過にかんがみて、その協議等に当たって債務者が柔軟に対応していたとしても、また、債務者がなお本件労働組合と協議を続行することを選択しても、その結果として、真に相互に共通の理解を得られる可能性があったかは疑問の余地なしとしない。そうとすると、右の点をもって、債務者が、整理解雇に当たり、本件労働組合との間で要求されるべき協議を尽くしたことを否定すべき事情とまではいい難いというべきである。
 3 以上の点にかんがみると、債務者は整理解雇に当たってこれを正当化する程度に本件労働組合と協議を尽くしたものということができる。
〔解雇-解雇権の濫用〕
 整理解雇が解雇権の濫用に当たるか否かについては、人員削減の必要性、解雇回避努力の有無、程度、人選の合理性及び組合との協議等の各要素を総合考慮して判断するのが相当であるというべきところ、右各要素に関する前記の検討を総合考慮すれば、債権者X1を除く各債権者について、本件解雇が解雇権の濫用に当たるとは認められない。
 しかし、債権者X1に関しては、債務者が本件人選基準の具体的適用を誤ったこと前記のとおりであるから、本件解雇のうち同債権者については解雇権の濫用に当たるというほかはなく、無効である。