全 情 報

ID番号 07496
事件名 不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 堺労基署長・名糖運輸事件
争点
事案概要  牛乳パック等の配送業務に従事し、勤務時間中に意識不明で倒れ、搬送先の病院で急性心筋梗塞の発症により死亡したトラック運転手A(当時四六歳 冠動脈硬化の基礎疾患あり)の妻が、堺労基署長Yに対してなした遺族補償給付及び葬祭料の請求が不支給処分とされたことから(審査、再審査請求も棄却)、Aは死亡五日前に新業務に替わったが、変更前の業務は、拘束時間が恒常的に、早朝から夕刻までで一日一三時間を超え、その間に、配達時間を気にしながら十数店舗を回って、合計三トン近い牛乳パックのケースを積み降ろすものであり過重なものであったこと、一か月に三日程度の休日しかとらず、無遅刻無早退で四年以上右業務を継続していたことから、業務の過重性を理由に、約一年前からコースの変更等を訴え、また家族や同僚に身体の変調を訴えていたこと、更に変更後の業務も肉体的に負荷の多い業務とはいえないものの、業務環境の変化により精神的ストレスが増強されていたことから、本件発症は業務に起因するものであるとして、右処分の取消しを請求したケースで、Aの業務が、急性心筋梗塞の発症を自然的経過を超えて急激に著しく促進させるに足りる程度の過重負荷となり、このような過重負荷が、Aの有していた冠動脈硬化を自然的経過を超えて、急激に著しく増悪させた結果、本件発症に至ったと見るのが相当であり、本件発症は、Aの業務に内在又は随伴する危険が現実化したということができ、Aの業務と本件発症との間には相当因果関係があるとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法施行規則別表1の2第9号
労働者災害補償保険法7条1項1号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2000年1月26日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (行ウ) 17 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例780号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう。以下同じ。)について行われるものであり(七条一項一号、一二条の八)、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である(最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一一号・昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決、裁判集民事一一九号一八九頁参照)。
 そして、労災保険制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、業務と災害との間に相当因果関係が認められるかどうかは、経験則及び医学的知見に照らし、業務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、その危険が現実化したということができるか否かによって判断するべきと解される。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 右1及び2に認定した事実によれば、被災者の従前業務は、業務の質として精神的及び肉体的負荷の大きいものであるうえ、量としても、一日八時間の所定労働時間を三時間以上も恒常的に超過し、休日も一〇日に一日程度しか与えられないという日常業務(所定労働時間内の業務)に比べて著しく過重なものというべきである。同僚と比べた場合、比較的業務内容の似ているBと比べ、拘束時間こそ若干下回るものの、走行距離及び走行時間では大幅に上廻っている。Cは業務内容が異なるが、Cと比較しても被災者は拘束時間は若干下回るものの、走行距離及び走行時間では大幅に上廻る。Dは中距離運送に従事し、業務内容が被災者とは大きく異なるため、そのまま比較をすることはできないが、拘束時間に関しては被災者より大幅に短いといえる。また、被災者と業務内容が類似していたBは、被災者の担当していた王寺コースが、他のコースに比べて過重業務であったと述べている(〈証拠略〉)。
 右のように、被災者の従前業務はそれ自体精神的、肉体的負荷の大きいものであるうえ、年齢が若干被災者より若い同僚らと比較しても負担の大きいものであったというべきであり、更に、被災者や同僚らの勤務状況が、拘束時間に関して自動車運転者の労働条件の最低基準を定めた改善基準告示に違反するものであることも、業務の過重性を示すものといえる。
 (二) 新業務
 他方、新業務については、それ自体は拘束時間の長さ、荷物の積み込み等の肉体的負担の面では大幅に従前業務より軽減されたものというべきであるから、トラックが従前業務のものと異なり、被災者が運転感覚に違和感を持っていたことや、茨木センターでの待機等が従前業務と異なるもので慣れない業務であったことを考慮しても、日常業務に比して著しく過重なものとまではいえない。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 被災者は、昭和五八年九月に運転手として雇用されて以来、E会社大阪営業所堺出張所において、牛乳パック等の配送業務に従事し、平成三年二月二〇日から新業務に替わったのであるが、その変更前の従前業務は、拘束時間が、恒常的に、早朝から夕刻まで、一日一三時間を超え、その間に、十数店舗を回って、合計三トン近い牛乳パックのケースを積み降ろすものであり、高速道路や狭隘な道路を走行し、あるいは渋滞に遭遇して配達時間を気にしながら走行するというような運転業務に伴う精神的緊張をも考慮すれば、その間に休憩時間や待機時間が入るとはいえ、かなり過重性のある業務ということができ、被災者はこれを一か月に三日程度の休日しか取らず、また無遅刻無早退で四年以上続けてきたものである。そして、これらの業務の過重性に、被災者が、平成二年には負担が大きいと訴えて担当コースの変更を申し出たり、平成三年一月ころから同僚や家族に身体の変調を吐露していたことを考慮すると、このころ被災者は慢性的な身体的負荷を受けて疲労状態にあったことが推認される。また、冬季の寒冷下における貨物の積み降ろし作業が身体に負荷を与えていたことも容易に推認できる。被災者は、本件発症の五日前に新業務の担当に変更となったのであり、新業務は従前業務に比べれば、それほど精神的、肉体的に負荷の多い業務とはいえないが、それでも拘束時間は一一時間を超えていたし、新業務を担当した直後で、車幅が広く、ブレーキも異なる車両への運転車両の変更、走行する道路の変化、配送先の変更などの業務環境の変化によって、精神的ストレスは増強されたということができ、従前業務による慢性的身体的負荷による疲労が回復するに至っていたとはいいがたく、また、本件発症の日は、その最低気温が摂氏零下〇・八度という寒さであって、これも身体に負荷を与えたものということができる。そして、被災者には、喫煙習慣以外に、本件発症の危険因子として考慮すべきものがない。以上を総合考慮すれば、本件においては、被災者の業務が、急性心筋梗塞の発症を、自然的経過を超えて急激に著しく促進させるに足りる程度の過重負荷となり、このような過重負荷が、被災者の有していた冠動脈硬化を、自然的経過を超えて、急激に著しく増悪させた結果、本件発症に至ったと見るのが相当である。
 なお、本件発症当日、被災者が業務に関連する異常な出来事に遭遇したことはなく、また、当日、特に過重な業務に就労したものではないが、右のとおり過重な業務によって慢性的に身体的負荷を受けて精神的、肉体的に疲労が蓄積している場合において、それが原因となって発症すれば、これを業務に内在又は随伴する危険の現実化といって差し支えないものである。
 してみれば、本件発症は、被災者の業務に内在又は随伴する危険が現実化したということができ、被災者の業務と本件発症との間には相当因果関係があるものというべきである。