全 情 報

ID番号 07501
事件名 出向命令無効確認請求事件
いわゆる事件名 川崎製鉄(出向)事件
争点
事案概要  出向に関し詳細な就業規則、労働協約、出向協定を有する鉄鋼一貫メーカーYに入社し整備課等で勤務後、関連会社Aに出向し神戸工場で勤務していたXら二名が、経営損失の発生等経営困難な状況からの脱出・鉄鋼事業における競争力強化を目的とするYの神戸工場閉鎖に伴いAが同工場から撤退したため、Yから勤務地を西宮へ異動するか否かの打診を受けたがこれを拒否したため、AからYへ戻り、総務部等に配属になり、その後、C労働組合の了承を得たYから、他の社員とともに当時新しく設立したYの五〇パーセント出資会社の一〇〇パーセント子会社Bへの出向に関する説明を受け、出向命令が発せられ、これに対して異議を留めた上で、Bで勤務していたところ、本件出向命令は法的根拠がなく、個別的同意がないから無効であり、また人事権の濫用に当たるとして、出向命令の無効確認を請求したケースで、Yでは過去一〇数年にわたって相当数の従業員が関連会社や関連会社以外の会社への出向命令に服し、労組も異議を述べないか了承していたという実態があり、本件出向はYと密接な関連を有する会社への出向であり、労組も了承していたこと、Yの就業規則、労働協約及び出向協定には出向についての詳細な規定があり、これらの規定のなかで出向社員の利益に配慮がなされていたことが認められることから、これらの規定に基づきYはXに対する出向命令権を有していたといえるとし、Xの同意のない本件出向命令は無効であるとの主張は採用できないとし、更に神戸工場の閉鎖は企業経営の方針として合理性、業務上の必要性があったといえ、またXらが西宮への異動を拒否したことを前提に、Xらの雇用先を阪神間において確保するためにBを設立して出向を命じ、労組も理解していたことから、本件出向命令は合理性、業務上の必要性があったといえるとし、更に本件出向命令により、年間総所定労働時間は五九時間長くなり、業務付加給が年間六万円減少したことになるが、他方で出向手当が一一万円支給されていることから、著しい不利益を受けているとは認められず、人事権の濫用により無効であるとはいえないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
労働基準法93条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 配転・出向・転籍規定
裁判年月日 2000年1月28日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 1224 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例778号16頁/労経速報1740号16頁
審級関係 控訴審/07586/大阪高/平12. 7.27/平成12年(ネ)796号
評釈論文 川口美貴・民商法雑誌122巻6号119~135頁2000年9月
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 使用者が労働者に対し出向を命ずるには、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠が必要であると解されるところ、原告らは、前記「前提となる事実」3(四)に記載のとおり本件出向命令に対して異議を留めているから、原告らの承諾があったということはできない。そこで、本件出向命令を法律上正当づける特段の根拠の有無につき以下判断する。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 前項で認定した事実によれば、被告では昭和六〇年ころ以降、相当数の従業員が被告の関連会社又は関連会社以外の会社への出向命令に服しており、D労連及びC労組もこれらの出向について異議を述べないか又は了承していたという実態があったこと、本件出向は、被告と密接な関係を有する会社への出向であり、C労組も本件出向について了承していたこと、本件就業規則、本件労働協約及び本件出向協定には、出向についての詳細な規定があり、これらの規定の中で出向社員の利益に配慮がなされていたことが認められる。
 右事情を考慮すると、被告は、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定の規定に基づき、原告らに対して出向を命ずる権限を有していたということができる。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-配転・出向・転籍規定〕
 新たな就業規則の作成又は変更がなされた場合であっても、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであるところ、一般的にいって出向が不合理な制度であるということはできないし、本件就業規則三九条も前記のとおりのものであり、一般的な出向制度に比して特に労働者に不利益を課すものとは解されないから、右規定が不合理なものということはできず、被告は現行の本件就業規則三九条の適用を拒否することができないものといわなければならない。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 労働協約は、労働組合が組合員の意見を公正に代表して締結したと認められれば、特定の労働者に著しい不利益を課すなど著しく合理性を欠き、いわゆる協約自治の限界を超えるようなものでない限り、規範的効力を有し、個々の労働者の出向義務の根拠ともなると解するのが相当である。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 以上のとおりであり、本件出向命令を法律上正当づける根拠として、本件就業規則三九条、本件労働協約三三条及び本件出向協定が存在することが認められ、原告の同意のない本件出向命令は無効であるとの原告の主張は採用できない。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 出向命令に法的根拠がある場合、それを発するか否かは、基本的には使用者の人事権の行使としてその裁量に委ねられるものである。
 しかし、出向により、労働者に対する指揮命令権の主体が変更し、勤務先の変更に伴う労働条件の低下やキャリア、雇用についての不利益又は不安を生じる可能性があることに鑑みれば、出向命令の発令を恣意的に行うことは許されるべきではない。
 よって、出向命令を発する業務上の必要性があるか否か、出向先の労働条件が大幅に低下するなど労働者に著しい不利益を与えるものでないかどうか、また出向対象者の人選が合理性を有するものであるか否か、出向の際の手続に関する労使間の取決めがある場合には右取決めを遵守しているか否かを総合的に判断して、出向命令が人事権の濫用に当たると解されるときには、当該出向命令は無効となると解すべきである。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 被告は原告X1に対しては合計六回にわたり、原告X2に対しては合計四回にわたって本件出向の必要性、出向後の業務内容、労働条件等についての説明を行ったというのであるから、被告が本件出向について十分説明を行わなかったとする原告らの主張は採用することができない。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 出向予定期間が明示されていないことから定年まで出向が解かれないことを意味するとはいえないこと(第二の一3(四))、本件出向の時点で神戸工場は廃止となっており、神戸工場への復帰があり得ないため、出向期間を明示することは困難であったこと(〈人証略〉)、本件出向が神戸工場閉鎖による余剰人員の雇用先を確保するという目的を有するものであったこと(第二の二1(二))、原告らに対して本件出向についての説明を行った際、原告らから出向期間が明示されていないことについて異議を述べられていないこと(〈証拠・人証略〉)に照らすと、出向予定期間が明示的に説明されなかったことのみから、本件出向命令が無効となるということはできない。
 4 よって、本件出向命令が、人事権の濫用に当たり無効であるとの原告らの主張は採用することができず、その他本件全証拠によっても、本件出向命令が人事権の濫用に当たると窺わせるような事実を認めることはできない。