全 情 報

ID番号 07509
事件名 賞与金請求事件
いわゆる事件名 須賀工業事件
争点
事案概要  給排水衛生設備の設計施工会社Yの元従業員で組合員であったXら六名が、賞与の支給の基礎となる期間に継続勤務し、賞与支給内規、賃金規則に規定されている賞与支給時期の予定日には在籍していたが、Yと労組との間で決定に基づいて実際に従業員に対して賞与が支給された日には既に退職していたため、賞与が支給されなかったことから、支給日在籍要件を定めた賃金規則等は従業員に周知されておらず、また労働基準法一条、三条等に違反すること等から無効であるとして、賞与及び遅延損害金の支払を請求したケースで、本件賃金規則等はその実施に当たり労組の意見を聴き、右委員長の意見書が添付けられて労基署に届けられていることから、労働基準法一〇六条一項所定の周知方法を欠いているとしても有効であり、賞与には賃金後払という側面があるものの、個々の従業員が賞与の支払を請求できるのは、団体交渉が妥結し個々の従業員に支給すべき賞与額が確定した後であることからすると、支給日在籍要件は不合理であるとは一概にいえないとしたうえで、賞与の支給対象者を内規によって定めた賞与支給予定日に在籍する従業員ではなく、現実に賞与が支給された日に在籍する従業員とするのは賞与請求権を取得した者の地位を著しく不安定にするもので合理性がないとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項2号
労働基準法106条1項
労働基準法1条
労働基準法3条
体系項目 賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 支給日在籍制度
就業規則(民事) / 就業規則の周知
賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
裁判年月日 2000年2月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 18238 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例780号9頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の周知〕
 右の事実によれば、被告は平成七年六月一日から実施された本件就業規則及び本件賃金規則の改定に当たって労働基準法九〇条に基づいて労働者の過半数で組織する労働組合として訴外組合に対し意見を聴き、訴外組合の委員長の意見書を添付して所管行政庁に届け出ているのであるから、仮に被告において労働基準法一〇六条一項所定のじ後の周知方法を欠いていたとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則自体の効力を否定する理由にはならないものと解するのが相当である(最高裁昭和二七年一〇月二二日大法廷判決・民集六巻九号八五七ページ)。
 そうすると、被告においては、本件就業規則及び本件賃金規則の改定後に被告に入社した従業員に対し本件賃金規則を配布せず、本件就業規則及び本件賃金規則を改定する前から被告に在籍していた従業員に対しては本件就業規則も本件賃金規則も配布せず、被告の事務部長が本件就業規則及び本件賃金規則を保管していたというのであるが、仮にこれでは本件就業規則及び本件賃金規則について労働基準法一〇六条一項所定のじ後の周知方法を欠いているとしても、それを理由に本件就業規則及び本件賃金規則が無効であるということはできない。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 結局のところ、被告が個々の従業員に支払うべき賞与額は本件内規五条で定めた各人別の賞与額の決定方法を前提として被告と訴外組合との団体交渉において組合員平均月数が妥結して初めて具体的に確定するものというべきである。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 被告の従業員は本件就業規則の一部をなすものともいうべき本件賃金規則二二条ないし二四条において賞与に関する定めがあることを根拠に被告に対し賞与の支払を求める請求権を有するものと解されるとともに、被告が従業員に支給する賞与は労働基準法一一条にいう労働の対償としての性格を色濃く有するものということができ、賞与は支給対象期間が終了してから二か月余りが経過して支給されることからすると、被告が従業員に支給する賞与にはいわば賃金の後払いという側面があるものというべきである。
 (2) しかし、被告が従業員に支給する賞与には賃金の後払いという側面があるとはいっても、被告が個々の従業員に支給すべき賞与額が具体的に確定するまでには前記第三の一2(二)(1)で認定した経過を経ることからすれば、個々の従業員が被告に対し賞与の支払を求めることができるのは、被告が本件内規五条で定められた賞与額を算出する算式を構成する項目のうち組合員平均月数以外の項目を確定させ、被告と訴外組合との団体交渉が妥結して組合員平均月数が確定し、もって被告が個々の従業員に支給すべき賞与額が確定した後のことであって、そうであるとすると、被告が、以上のような経過を踏まえて、支給対象期間に被告の従業員として勤務した従業員のすべてに賞与を支給することとはせず、例えば、本件賃金規則において賞与の支給日と定めた特定の日に被告に在籍する従業員にのみ賞与を支給すると定めたとしても、そのような定めをすることが不合理であるとは一概にはいえない。〔中略〕
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 現実に賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや被告の資金繰りなどの諸般の事情により本件内規において支給日と定めた特定の日より後にずれ込むことも考えられない事態ではないが、そのような場合に現実に賞与が支給される日がいつになるかについては賞与の支給日が後にずれ込む原因となった諸般の事情に左右され、現実に賞与が支給される日をあらかじめ特定しておくことは事実上不可能であって、そのような場合についても、賞与の支給対象者を本件内規において賞与の支給日と定めた特定の日に被告に在籍する従業員ではなく、現実に賞与が支給された日に被告に在籍する従業員とすることは、本件賃金規則二二条ないし二四条により賞与請求権を取得した者の地位を著しく不安定にするもので、合理性があるとは言い難い。〔中略〕
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 被告が、本件賃金規則二二条にいう「支給時点の在籍者」とは、現実に下期賞与、上期賞与が支給される日に被告に在籍する従業員(仮に現実に下期賞与、上期賞与が支給される日が団体交渉の妥結の遅れや資金繰りなどの諸般の事情により下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後にずれ込んだ場合にはそのずれ込んだ日に被告に在籍する従業員)を意味するものとして本件賃金規則二二条を設けたとしても、本件賃金規則二二条にいう「支給時点の在籍者」を右のように解することはできない(最高裁昭和六〇年三月一二日第三小法廷判決(労働経済判例速報一二二六号二五ページ)及びその原審である東京高裁昭和五九年八月二八日判決(判例時報一一二六号一二九ページ)を参照)。〔中略〕
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-支給日在籍制度〕
 以上によれば、下期賞与、上期賞与が支給される者とは下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍している従業員であり、したがって、従業員が下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日に、それぞれ被告に在籍していれば、たとえ現実に下期賞与、上期賞与が支給されるのが下期賞与の支給が予定されている毎年六月一〇日、上期賞与の支給が予定されている毎年一二月一〇日より後になったとしても、その従業員は下期賞与、上期賞与の支給を受けることができると解される。
 本件賃金規則二二条は右の趣旨を定めたものと解する限りは、労働基準法一条や三条の趣旨に反し、憲法二七条の理念にも反するおそれがあるものとして無効であるということはできない。