全 情 報

ID番号 07515
事件名 地位確認請求事件
いわゆる事件名 第一生命保険事件
争点
事案概要  生命保険会社Yに委任契約に基づき研修職員補として採用され、約四か月後から労働契約に基づき営業職員として生命保険契約募集業務に従事していたXが、Yでは営業職員の成績に応じて資格変動させ、基準に満たない営業職員との労働契約を終了させて委任契約である外務嘱託契約に編入し、編入後六か月以内に成績基準を満たし営業職員に復帰できない場合には外務嘱託を解嘱する制度(外務嘱託編入制度)を設けていたところ、入社約一六年後に、右制度の要件に従って、外務嘱託に編入されて報酬を受領していたが、その六か月後に成績基準を満たさなかったため解嘱されたことから、右制度の無効を主張して従業員たる地位の確認を請求したケースで、外務嘱託としての契約は営業職員として成績基準を満たさない者との契約を六か月後に終了させるまでの経過措置と理解でき、当事者の合意、就業規則等で、成績基準を満たない者を解雇し、一切の契約関係を終了させる旨を定めることも自由であることからすれば、右経過措置は労働者にとっては有利であるとして、労働基準法の立法趣旨からして右制度は、当然に無効とはいえないとし、また労働基準法一五条及び二〇条違反も認められず、また成績基準を満たさないXを外務嘱託に編入したことは権利濫用に当たるとはいえないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法15条
労働基準法20条
体系項目 労働契約(民事) / 身分変更
裁判年月日 2000年2月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 5845 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働判例783号64頁/労経速報1732号12頁
審級関係
評釈論文 土田道夫・ジュリスト1206号286~289頁2001年8月1日
判決理由 〔労働契約-身分変更〕
 前記一1の各認定事実によれば、原告・被告間の契約は、当初は委任契約であったものであり、これを使用者である被告の意思表示により、労働契約へ、そして労働契約から委任契約である外務嘱託へ移行することがあることが、あらかじめ包括的に合意され、被告の諸規程及び労働協約もそのように定められていたものである。そうすると、当初の研修職員補としての契約(委任契約)、営業職員としての契約(労働契約)及び外務嘱託としての契約(委任契約)は、形式的にはそれぞれ性質の異なる別契約であるが、それぞれは他と無関係に併存しているのではなく、より大きな、全体としての契約の一部と位置付けて理解することが実体に合致するというべきである。すなわち、営業職員としての契約を中心とし、研修職員補としての契約はその前段階としての試用期間的なもの(営業職員への編入が本採用)として、外務嘱託としての契約は、営業職員として成績基準を満たさない者との契約を六か月後に終了させるまでの経過措置(ただし、労働契約復活の余地も残されている。)として位置付けて理解するのが相当である。
 (二) 労働基準法は、同法が各条文で具体的に定める基準に達しない労働条件を定める労働契約を無効としているものであって(一三条)、個々の条文を離れ、原告が主張する同法の立法趣旨というような抽象的なもので、本来自由である当事者間の契約が当然に無効になると解することはできない。また、当事者が合意により、あるいは就業規則等で、成績基準を満たさない者を解雇し、一切の契約関係を終了させる旨定めることも自由であるが、直ちに一切の契約関係を終了させるのではなく、労働契約復活の余地も残した経過措置を設けることも許されるというべきであって、後者の方が前者よりは労働者にとって有利である(なお、この場合には、労働者は、その申し出により一切の契約関係を終了させることもできるというべきである。)。
 したがって、外務嘱託編入制度が労働基準法の立法趣旨に照らし当然に無効であるとの原告の主張は採用できない。
 (三) また、使用者が一方的な意思表示により労働契約を委任契約に移行させることは当然にはできないが、あらかじめ一定の条件下で契約を移行させる旨の合意・規程等がある場合に、使用者がその合意・規程等に基づき契約を移行させることが労働契約法理上許されないということはできないのであって、この点についての原告の主張も採用できない。〔中略〕
〔労働契約-身分変更〕
 外務嘱託編入後の待遇は前記一1の合意・規程等から明確であるというべきであり、原告の主張は理由がない。(なお、前記第二の三1(一)(2)の主張のように、労働契約と委任契約との性格の違いを強調するのであれば、むしろ委任契約に関する部分については労働基準法の適用はないというのが一貫するというべきであり、いずれにせよ原告の主張は採用できない。)〔中略〕
〔労働契約-身分変更〕
 外務嘱託に編入するかどうかは、成績基準を満たさないという一事から自動的に決まるものではなく、勤務状態、活動実態等を総合的に判断して被告が決定しているものであると認められる。そうすると、外務嘱託への編入は、使用者である被告が一方的な意思表示により労働契約を終了させるものであり、解雇としての性格を有しているということができないではない。
 しかし、営業職員としての契約(労働契約)と外務嘱託としての契約(委任契約)は、より大きな、全体としての契約の一部と位置付けて理解することが実体に合致することは前記1(一)のとおりであるところ、このように考えるならば、外務嘱託への編入の意思表示は、契約全体を終了させる意思表示ではなく、六か月後に契約を終了させる旨の予告と位置付けることができるものである。また、労働基準法二〇条は、突然の解雇による労働者の生活の困窮を緩和することを目的とするものであるところ、本件においては、外務嘱託への編入後も、原告・被告間の契約関係は存続し、原告は被告から報酬を受領することができるのであるから、同条が適用を予定している解雇には当たらないというべきである。