全 情 報

ID番号 07516
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 メディカルサポート事件
争点
事案概要  調剤薬局の出店、管理、医薬品の仕入れ、医療機関との交渉、渉外、営業全般を担当していた労働者Xが、会社の取締役や他の社員との飲食に要した費用を会議又は交際費の名目による支出が許された費用に該当しないにもかかわらず不正に請求し不正に清算を受けていたことから、就業規則(越権専断の行為を行い職場の秩序を乱した者は懲戒解雇する旨の規定)に基づいて懲戒解雇されたが、本件懲戒解雇は就業規則の規定に該当しないにもかかわらずなされ、手続上にも瑕疵があり、無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認及び賃金支払を請求したケースで、Xの行為は、就業規則上の懲戒解雇の対象者を規定した「その他各号に準ずる行為があった者」に該当し、手続上も瑕疵はないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の根拠
懲戒・懲戒解雇 / 裁判における懲戒事由の追加・告知された懲戒事由の実質的同一性
裁判年月日 2000年2月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 2270 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1733号9頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-裁判時における懲戒事由の追加〕
 懲戒処分は、企業秩序に違反した行為に対する一種の制裁罰であり、その処分の対象は、企業秩序に違反する特定の非違行為であって、懲戒解雇はあくまでも特定の非違行為を対象とする制裁罰として使用者が有する懲戒権の発動により行われるものであるから、対象とされた非違行為が何であるかを確定する必要がある。
 そして、懲戒事由に該当する複数の非違行為が存在する場合でも、使用者は、必ずその全部を対象として単一の懲戒処分をする必要はなく、その一部だけを対象として一個の懲戒処分に付することもできるし、幾つかに分けて複数の処分に付することもできると解される。
 したがって、懲戒処分の対象となる非違行為は、使用者が処分時に処分の対象とする意思を有していたものに限られるわけであり、一般的には、処分当時使用者が認識していなかった非違行為を、使用者が懲戒処分の対象としていたとはいえないのであって、そうすると、処分時に客観的には存在していたが、処分当時使用者が認識していなかった非違行為については、原則として懲戒処分の対象とされていなかったといわざるを得ず、懲戒処分の対象とされなかった非違行為は使用者が処分当時に処分の対象とする意思を有していなかったわけであるから、懲戒処分の対象とされなかった非違行為をもって処分の適法性を根拠づけることはできないと解され、したがって、懲戒処分の適法性を根拠づける目的で処分当時に使用者が処分の対象としていなかった非違行為を訴訟において追加主張することは原則として許されないと解される。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の根拠〕
 一号から六号まではいずれも社員が行った非違行為を理由に当該社員を懲戒解雇する場合について定めた規定であり(中略)、右の各号は、要するに、社員の行った非違行為の内容、程度に照らせば、そのような非違行為を行った社員から労務の提供を受けることを目的として当該社員を雇用し続けることは企業秩序維持の観点から到底容認することができないことから当該社員を解雇することとした規定であると考えられ、そうであるとすると、七号が一号から六号までの定めを受けて「その他各号に準ずる行為があった者」について懲戒解雇することを定めていることからすれば、七号は一号から六号までに定めた非違行為以外の非違行為で、かつ、そのような非違行為を行った社員から労務の提供を受けることを目的として当該社員を雇用し続けることが企業秩序維持の観点から到底容認することができない程度及び内容の非違行為を懲戒解雇事由とする定めであると解される。
 もっとも、七号を右のように解することは、一号ないし六号に該当しない事由についてはすべて七号に該当するものとして、懲戒解雇事由を広範に認めるべきであるということを意味するものではない。なぜなら、一般に使用者が労働者に対し懲戒解雇を含め懲戒権を行使することができるかという点については、使用者と労働者との間の合意若しくは就業規則において何らの定めがない場合であってもこれをなし得ると解するのは相当ではなく、右のような合意若しくは就業規則において、懲戒の事由、種類、手続などが定められている場合に限り、使用者はこれをなし得ると解すべきであり、そうであるとすると、就業規則に明示された懲戒解雇事由というのは、これに該当する行為が行われた場合にはじめて懲戒権が行使されるということを示すものであって、限定列挙と解すべきであり、したがって、七号のように「その他各号に準ずる行為があった者」などというような抽象的表現の概括条項が設けられている場合に、このような条項に該当するというためには、懲戒の対象となる当該行為が、それ以外に列挙された事由と近似した内容のものであることのほか、企業秩序維持の観点からそれらと同程度の反価値性を有することも必要であると解すべきだからである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 被告が現実に損害を被っている上、その請求に係る金額及び回数並びに請求の態様などを勘案すれば、被告としては企業秩序維持の観点から不正請求をし、かつ、不正精算を受けた社員との雇用契約を打ち切りたいと考えることは無理からぬことであるというべき場合はあり得るものと考えられるところ、被告においては、被告の社員が経費を不正に請求し、かつ、不正に経費の精算を受けた場合について、当該社員が精算を受けた金額、請求の回数及び態様などの点にかかわらず、およそ被告の社員が経費を不正に請求し、かつ、不正に経費の精算を受けた場合についてはすべて本件就業規則四二条一号に該当するものとして処理する方針であったことは必ずしもうかがわれないこと、被告の社員が経費を不正に請求し、かつ、不正に経費の精算を受けた場合については、請求した金額、精算を受けた金額、請求の回数及び態様などのいかんによっては、企業秩序維持の観点から到底容認できないものとして、本件就業規則四三条一号から六号までに定める事由と同程度の反価値性を有するということができると考えられること、社員が不正に経費の請求をしたが、経費の精算を受けるまでには至らなかった場合には、本件就業規則四二条一号には該当しないことになるから、その場合には本件就業規則四二条一号に該当するとして懲戒権を行使することはできないが、被告が現実に損害を被ってはいないとしても、その請求に係る金額及び回数並びに請求の態様などのいかんによっては、被告としては企業秩序維持の観点から不正請求をした社員との雇用契約を打ち切りたいと考えることは無理からぬことであるというべき場合はあり得るものと考えられるところ、そのような場合を懲戒解雇事由であるとして定めた規定は本件就業規則四三条一号から六号までには見当たらないこと、しかし、被告の社員が経費を不正に請求したが、経費の精算を受けるまでには至らなかったことについては、請求した金額、精算を受けた金額、請求の回数及び態様などのいかんにかかわらず、すべて懲戒権の行使の対象とはしないものとして処理する方針であったことも必ずしもうかがわれないこと、被告の社員が経費を不正に請求したが、経費の精算を受けるまでには至らなかったことについては、請求した金額、精算を受けた金額、請求の回数及び態様などのいかんによっては、企業秩序維持の観点から到底容認できないものとして、本件就業規則四三条一号から六号までに定める事由と同程度の反価値性を有するということができると考えられること、以上の点に照らせば、被告の社員が経費を不正に請求し、かつ、不正に経費の精算を受けたこと、被告の社員が経費を不正に請求したが、経費の精算を受けるまでには至らなかったことは、本件就業規則四三条七号に該当する場合があり得るものと解される。
 そして、前記(中略)で認定、説示したことに照らせば、原告による経費の不正請求及び不正精算は本件就業規則四三条七号に該当するものというべきである。
 (4) 以上によれば、本件解雇の理由を成す原告による経費の不正請求及び不正精算は本件就業規則四三条七号にいう「その他各号に準ずる行為があった者」に該当するものというべきである。