全 情 報

ID番号 07527
事件名 保険金引渡請求事件
いわゆる事件名 赤武石油ガス事件
争点
事案概要  石油販売会社Yの取締役であったAの妻及び子であるXらが、Yでは、被保険者をA、保険金受取人をYとする内容の生命保険契約(第一・第二契約)が締結され、第一契約締結時から保険金の用途等で事後のトラブルがないように作成された役員退職慰労規程が施行されていたところ、Aの死亡により右契約に基づいてYが保険金を受領したことから、AとYの間に、Aが死亡した場合に保険金をAの相続人に支払うことについて合意があった等として、右保険金(二次的には、保険金のうち、退職慰労金規程に基づき計算された役員退職慰労金、役員退職功労加算金、弔慰金相当分)の引渡しを請求した(三次的には不法行為に基づく損害賠償を請求)ケースで、第一契約の締結に際してAが被保険者となることに同意したときに、YとAとの間において、Aの死亡時にはYが受領した保険金の中から、役員退職慰労金規程に基づいて、株主総会及び取締役会の裁量的な判断を要することなく算定することができる退職慰労金及び弔慰金相当額の金員をその相続人に支払う旨の合意が成立したものと認めるのが相当であり、第二契約においても同旨の合意が成立したとし、YがXらに支払うべき額は役員退職慰労金規程による退職慰労金及び弔慰金として、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項3号の2
商法674条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
賃金(民事) / 退職金 / 退職慰労金
裁判年月日 2000年3月22日
裁判所名 盛岡地遠野支
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 9 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1730号140頁/タイムズ1053号227頁/労働判例783号55頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
〔賃金-退職金-退職慰労金〕
 以上の認定事実を総合すれば、被告会社は、第一契約締結に際し、被保険者の死亡により被告会社が保険金を受領したときは、契約締結と同時に制定した役員退職慰労金規程に従って退職慰労金及び弔慰金等を支給することを予定し、被保険者であるAも、そのように認識した上で被保険者となることに同意し、大ざっぱな認識としては、保険金の半分くらいが家族に支払われると認識していたものと認められる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
〔賃金-退職金-退職慰労金〕
 証拠(〈証拠略〉)によれば、被告会社の役員退職慰労金規程第二条で、「退職した役員に支給すべき退職慰労金は、次の各号のうち、いずれかの額の範囲内とする。」として、「〔1〕本規程に基づき、取締役若しくは取締役の過半数で決定し、社員総会において承認された額。〔2〕本規程に基づき計算すべき旨の社員総会の決議に従い、取締役若しくは取締役の過半数により決定した額」と定められていることが認められ、右にいう社員総会は、株式会社である被告会社においては株主総会と読み替えるべきものと解される。
 したがって、被告会社に対する退職慰労金及び弔慰金の請求権は、同規程第二条に定める手続に従って、株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされることによって発生するものと解される。
 原告らは、原告の主張3において、役員退職慰労金規程に基づき計算された退職慰労金、退職功労加算金及び弔慰金を被告会社に対して請求しているが、これらの請求権は、右のとおり、同規程に定められた手続に従って株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされることによって初めて発生するものであり、これらの決議を経ることなくして当然にその請求権が発生するものと解することは困難である。
 4 しかしながら、役員退職慰労金規程に定められた手続に従って株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされず、そのために役員退職慰労金及び弔慰金の請求権が発生しないという事態は、被保険者となることに同意したAの意思に全く反するものである。
 さらに、(一) 本件契約は他人の生命の保険であり、被保険者の同意がなければ効力を生じないものであるところ(商法六七四条一項)、このように被保険者の同意が保険契約の効力要件とされるのは、保険が賭博又は投機の対象として濫用されたり、保険金取得目的での違法行為を誘発することを防止する等のためであると解されること、(二)本件契約については、企業が負担した保険料は全額損金に計上できるものとされているが、このような優遇措置がとられているのは、このような保険の目的・趣旨が被保険者あるいはその遺族に対する福利厚生措置の財源を確保することにあるからであると解されることなども考慮すると、株式会社の取締役に対する退職慰労金及び弔慰金が商法二六九条にいう報酬に含まれるものとしてその規制に従うものであるからといって、取締役の死亡により受領した保険金によって企業が一方的に大きな利得を得る結果となることは、被保険者の意思に反するばかりか、商法六七四条一項の趣旨を没却し、前記の税法上の措置の趣旨にも反するものであって、許されないと考えられる。
 したがって、第一契約の締結に際してAが被保険者となることを同意したときに、被告会社とAとの間において、Aが死亡した際には、被告会社が受け取った保険金の中から、役員退職慰労金規程に基づいて株主総会及び取締役会の裁量的な判断を要することなく算定することのできる退職慰労金及び弔慰金相当額の金員をその相続人に支払う旨の合意が成立したものと認めるのが当事者の合理的意思の解釈として相当であり、このような解釈は前記の同意主義の趣旨や税法上の措置の趣旨に適合するものであって、商法二六九条の趣旨に反するものでもないというべきである。また、第二契約の締結に際してAが被保険者となることを同意したときにも、同旨の合意が成立したものと認めるのが相当である。
 そして、右合意に基づく請求権は、被保険者であるAの死亡により被告会社が保険金を受領したときに発生するものであるが、被告会社の役員退職慰労金規程に定められた手続に従って退職慰労金及び弔慰金が支払われた場合は、それによってその支払額について消滅する関係にあるものということができる。