全 情 報

ID番号 07532
事件名 賃金支払等請求控訴事件
いわゆる事件名 西日本鉄道(小倉自動車営業所)事件
争点
事案概要  旅客運送会社Yの小倉営業所のバス運転手Xが、Yと組合との労働協約では、自由慰休(当年度付与分の年休)と区別して、計画慰休(前年度からの持ち越し分の年休)については、具体的日割設定後にも労働者同士の交替や、三日前までの時季変更権の行使が認められていたが、小倉営業所では、Yと組合支部の合意により、両慰休を区別せず、申込み先着順で優先順位を確定する時期(四月~一二月)と、計画慰休を優先する時期(一月~三月)を設けられていたところ、法事及び同僚の結婚式に出席するため、約一か月半前に、理由を記載せずに二日間の自由慰休取得申請をしたにもかかわらず、取得希望日の三日前に提示された勤務管理表には年休の取得は認められておらず、勤務予定日となっていたため(先順位の自由慰休申込者は両日とも七名で時季変更権行使された者は四名、計画慰休七名及び八名)、理由を述べて欠勤を申し出たのに対し、代替要員が見つからないと返答されたが、結局、両日に出勤せず、その翌日に右両日についての年休申請を再度提出したところ、事故欠勤したものとして取り扱われ、その分の給与が減額されたことから、(1)右両日の欠勤が年休であることの確認、(2)右両日の欠勤を理由に不利益な取扱をしないという不作為の要求、(3)不法行為に基づく損害賠償(慰謝料、不払給与相当額、弁護士費用)の支払を請求したケースの控訴審で、一審ではいずれの請求も棄却されていたが、(1)については、団体交渉権を持たず、委任も受けたことのない分会とYとの合意は労働協約に違反するから、同営業所においても労働協約が適用され、本件労働協約は、自由慰休は計画慰休に優先するとの趣旨であり、本件両指定日に計画慰休申請者に時季変更権を行使すれば運転士確保でき、Yの時季変更権の行使は「事業の正常な運営を妨げる場合」との要件を具備しておらず、また三日前の時季変更権行使についてもやむを得ない特段の事情があったと認めることができないという点からも、無効であるとして、Xの控訴が認容、(2)については、不適法却下、(3)については、本件時季変更権の行使は不法行為となるものではないとして、本件指定日の賃金請求権に基づく不払賃金分についてのみXの控訴が認容された事例。
参照法条 労働基準法39条4項
民法709条
体系項目 年休(民事) / 時季変更権
年休(民事) / 年休権の喪失と損害賠償
裁判年月日 2000年3月29日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ネ) 785 
裁判結果 一部認容、一部却下、一部棄却(確定)
出典 労働判例787号47頁
審級関係 一審/福岡地小倉支/平10. 8.27/平成8年(ワ)302号
評釈論文 諏訪康雄・ジュリスト1210号220~223頁2001年10月15日
判決理由 〔年休-時季変更権〕
 被控訴人が平成六年三月二三日及び同月二四日に勤務管理表を掲示したのは、小倉営業所で従前行われてきた方法に従ったものであって、同営業所に勤務するバス運転士としては、年休について、時季変更権が行使されたか否かについては、この表を見て確認するのが常態であったと認められる。そして、一般に、意思表示が相手方に到達したというためには、具体的に相手方に了知させることまでは必要でなく、了知し得る状態に置くことをもって足りるものというべきところ、右のような勤務管理表の掲示により、控訴人が時季変更権行使の事実を了知し得る状態になったと認められる。
 そうすると、被控訴人は、平成六年三月二六日の年休については同月二三日に、同月二七日の年休については同月二四日に、それぞれ時季変更権の意思表示をし、この意思表示は右各日に控訴人に到達したものというべきである。〔中略〕
〔年休-時季変更権〕
 右のような規定からすると、計画慰休は、労働者に年休を消化させるために休ませるものであって、必ずしもその日に年休を取る必要があるものではなく、そのため、労働者同士の交替や、三日前までの時季変更権の行使が本件労働協約上容認されているものと解される。他方、自由慰休は、計画慰休に優先するものと位置付けられ、原則として労働者の時季指定どおり与えるべきものとされていることになる。
〔年休-時季変更権〕
 そうすると、本件両指定日においては、計画慰休申請者に時季変更権を行使すれば、バスの運行に必要な運転士は確保できたと考えられるし、仮に、各運転士の技能により、計画慰休申請者だけでは当日の路線につき乗務可能な者が不足する(前記第二の二2(三)参照)としても、公休者に乗務を依頼することにより、運転士の確保は可能であったと認められる〔中略〕
〔年休-時季変更権〕
 以上によれば、被控訴人による時季変更権の行使が、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」との要件を具備しているとは認められないこととなる。〔中略〕
〔年休-時季変更権〕
 一般に、年休に対する時季変更権の行使は、労働者による時季指定を受けた後、労基法三九条四項ただし書の「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」の要件の存否を判断するのに合理的な期間内に行使しなければならないものと解される。そして、年休は、本件のような冠婚葬祭のほか、宿泊や交通機関の予約等を伴う家族旅行等に利用されることも多いのであるから、本件のように時季変更権を三日前に行使することは、右要件の存否の判断上、やむを得ない特段の事情が認められない限り、同条が労働者に年休を保障した趣旨を没却するものであって、許されないものと解さざるを得ない。〔中略〕
〔年休-年休権の喪失と損害賠償〕
 本件においては、被控訴人は、控訴人に対して無効な時季変更権の行使をし、事後的にも控訴人に対して年休に振り替える取扱いを拒んだものであるが、かかる無効な意思表示をし、あるいはなすべき取扱いを拒んだことが、直ちに、不法行為を構成するということはできない。右のような無効な時季変更権を行使したこと等が不法行為法上違法となるためには、右行為が、その目的、態様等に照らし、社会通念上著しく不相当であることを要するものと解される。
〔年休-時季変更権〕
 被控訴人による控訴人に対する時季変更権の行使等は、従前から小倉分会との合意に基づき行われてきた労使慣行に従ったものにすぎないのであって、本件労働協約に違反するにせよ、被控訴人がそのような取扱いをしたことについては、無理からぬものがある。なお、証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴人は、かつて被控訴人で組合の分会委員に就いていたことがあり、平成五年にバス運転士が就業規則違反を理由に解雇されたことについて、支援する会の会長として、解雇の撤回を求めて活動したことが認められるけれども、本件時季変更権の行使が、控訴人のこのような活動を嫌悪し、これに報復する目的でなされたことを認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、被控訴人が控訴人に対して時季変更権を行使したこと等は、その目的、態様等に照らし、社会通念上著しく不相当であるとは認められないから、不法行為となるものではなく、控訴人の慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償請求及びこれに係る遅延損害金請求は理由がないこととなる。