全 情 報

ID番号 07539
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 大東実業事件
争点
事案概要  宅配便の配達業務に従事していた労働者Xが、就業中に同僚Yから暴行を受けて全治二か月以上を要する障害を負い、約一か月間休業し、更にその後も休暇を取得していたが、その後退職するに至った際に、会社は自己都合退職としたものとして取扱い、自己都合退職金の合計額から社用業務資格取得費二一万円を控除した額を支払った(Xが社用業務資格取得申請を会社にすることで、会社はXの資格取得後三六か月間の勤務を条件に取得費用を負担していたが、私事にて途中退職した場合には上記の諸費用については全額費用返納する旨の申請書の記載に基づき、退職金等とXが支払うべき諸費用を相殺した)のみであったことから、(1)会社から解雇されたとして解雇予告手当の支払及び(2)社用業務資格取得費用相殺の予約は成立していないとして各支払等を請求したケースで、(1)については、解雇の事実は認められないとして請求を棄却し、(2)については、申請書の文言上は、相殺予約の合意の成立を認めることは困難であるとして、控除分の支払請求が認容された事例(なお、同僚Zからも就業中に加害行為を受けたことにつき、会社に対して使用者責任に基づく損害賠償請求していたが棄却された)。
参照法条 労働基準法24条1項
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
裁判年月日 2000年4月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 27642 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労経速報1736号14頁
審級関係
評釈論文
判決理由  (一)原告の陳述によっても、被告から呼び出されるまでの間、原告がいつから就労が可能なのかの具体的見通しを被告の担当者に説明した事実は認められないこと、(2)原告に今後仕事を続けていく意思があるのかどうか確認をしようとし、その際、「仕事を続けていく気持ちがないのであれば、会社を辞めてもかまわない」旨言ったが、「もう来なくてよい」とは言っていないとのB次長の陳述書(書証略)及び証言に不自然な点は認めらないこと、(3)被告では、解雇は辞令を交付する方法で行っていると認められること(書証略)、及び、(4)原告が、同年五月十九日、解雇されたので離職票を送ってほしい旨の手紙を被告本社に送り、同二二日には原告代理人が原告が不当に解雇された旨の通知書を送ったため、被告が代理人を通じて解雇していないことを通知し、その上で原告に職場復帰する意思があるのか否かを確認したところ、原告代理人は、口頭で、原告には職場復帰の意思はなく退職を望んでいるので、四月分の賃金及び退職金を支払ってもらいたいと申し入れたと認められ(書証略)、尋問においてもB証人が原告の復職を歓迎する旨述べているのに対し、原告が復職を望まない旨述べていること、以上の点からすると、原告の退職を望んでいたのは被告ではなく、むしろ原告であると認められる。したがって、前記2の原告の陳述はたやすく信用できず、他に被告が原告を解雇した事実の存在を認めるに足りる証拠はない。
 4 よって、その余りの点につき判断するまでもなく、原告の解雇予告手当請求及び退職金請求中、解雇を前提とする部分(自己都合退職の場合の退職金額を超える部分)は理由がない。
〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
 1 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、大型自動車運転免許取得のため、平成九年六月二〇日、被告に対し、社用業務資格取得申請をしたこと、右申請にかかる申請書には、「申請費用二一万円については、会社負担の上には、資格取得後三六か月は勤務致します」、「私事にて途中退職の折りには、上記の諸費用については、全額費用返納いたします」との各記載があること、その後被告が大型自動車運転免許取得に要する費用二一万円を負担し、原告は、同年八月二一日に大型自動車運転免許を取得したことが認められる。
 2 被告は、申請書に記載された前記文言や当事者の合理的意思を根拠として、原告が支払うべき諸費用と、被告が支払うべき退職時までの賃金及び退職金とを相殺することができる旨の合意が成立していると主張する。
 しかし、前記文言上は、相殺予約の合意が成立していることが一義的に明確であるとはいえない。むしろ、その形式的文言から相殺予約の合意の成立を認めることは困難である。
 ところで、労働基準法二四条一項本文は、いわゆる賃金全額払の原則を定めているところ、これは使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであると解される。もっとも、右規定は、労働者の自由な意思に基づく同意を得てする相殺あるいはその予約まで禁止する趣旨ではないと解されるが、右規定の趣旨からすれば、労働者の意思が一義的に明確でない場合に、安易に相殺あるいはその予約の合意の成立を認めることは許されないというべきである。
 また、前記1の認定事実の下においては、相殺によって処理することが労働者である原告にとって便宜であるということもできないから、相殺予約の合意の成立を認めることが原告の合理的意思に合致するということもできない。
 以上の次第であるから、本件において、原告と被告との間に、相殺予約の合意が成立していると認めることはできない。