全 情 報

ID番号 07570
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 キヨウシステム事件
争点
事案概要  会社Aから場所と機械を借りて会社Aの工場で製品組立業務を請け負い、実際にはAの要請する人数の労働者をAで就労させることとなっていた会社Xが、同様にAから場所等を借りて業務を請け負っていた会社Y1とは競業関係にあったところ、Aの工場で組立三係として就労させていたX従業員Y2及びY3(期間を定めて雇用し、その後契約を更新してきた)が、新聞の折り込み広告等でXよりもY1の方が時給が一〇〇円高いことを知り、Y1への移籍を考えるようになり、Y1の採用承諾を得て、いずれもXを退職し、Y1はAより引き続き同じ職場で働かせることの了承を得てY2及びY3を採用してAの工場で組立三係として就労させたことから、(1)Y1及びY1代表取締役Y4に対し、違法に従業員の引き抜き行為を行ったとして不法行為に基づく損害賠償、(2)Y2及びY3に対し、雇用契約上の六か月間内の競業避止義務等に違反による債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求したケースで、Y1らへの不法行為責任については、Y2及びY3のY1への移籍について社会通念上違法とされるような事情、Y4との共謀の事実はなく、またY2及びY3らのような単純労働者にXの業務引継ぎ等の義務は認められず、またXが業務を失うことになったことにつき、不正、違法な手段が用いられたわけでなく、いまだ社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものとはいえないとして、不法行為に基づく損害賠償請求が棄却され、また雇用契約上の競業避止義務規定は、単にXの取引先を確保するという営業利益のために従業員の移動そのものを禁止するものであり、代償措置も無いこと、Y2らの年収は高額ではなく、退職金もないこと等を総合考慮して、右規定はY2らの職業選択の自由を不当に制約するものであり公序良俗に反し無効であるとして、競業避止義務違反を理由とする損害賠償請求も棄却された事例。
参照法条 民法709条
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
裁判年月日 2000年6月19日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 5880 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働判例791号8頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 前記認定によれば、被告Y2らは、新聞広告等により原告よりも、被告会社の時給が良い事を知り、被告会社へ移籍することを考え、それぞれが別個に被告有元に連絡のうえ、原告を退職したものであって、同人らの被告会社への移籍について社会通念上違法とされるような事情があったとまでは認められない。
 原告は、被告Y2らが、原告の訴外会社における請負業務を喪失させた旨主張するところ、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、被告Y2らが原告を退職する以前に訴外会社での就労を訴外会社に打診していたことが認められ、これによれば被告Y2らが被告会社に移籍後も訴外会社において就労することを望んでいたことは推認できるが、被告Y4と共謀してこれを画策したとの事実は認めることができないし、被告Y2らの意図は労働条件のより良い職場に移りたいというにとどまり、これを不当ということはできない。
 原告は、被告Y2らは、業務引継ぎの義務があったのにこれを行わないのみならず、原告が被告Y2らの後任の人間を探すのが不可能な期間に退職の申し出を行ったなどと主張するところ、これは被告Y2らが就労していた業務を原告の従業員に引き継ぎ、あるいはその機会を与えるべきであると主張するものと解されるが、単純労働者であった被告Y2らにそのような義務があったとはいえない。
 また原告は、被告Y4が、原告の岡山営業所が閉鎖される等の噂を流したり、原告より時給を高く設定して原告従業員に誰彼となく声をかけ、その引き抜き行為を行っていたものであると主張するが、被告Y4が、原告の岡山営業所が閉鎖されるとの噂を流しているとの事実はこれを認めるに足りる証拠がない。ただ、被告Y4が原告の従業員らに対し移籍の勧誘をしていたことがあったことは証拠上窺われるものの(〈証拠略〉)、その勧誘に従って移籍したとしても、その移籍した当人が訴外会社の職場で就労できるかどうかは訴外会社の意思にかかるものであり、移籍の勧誘自体はこれを直ちに違法なものということはできず、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する違法な勧誘がなされたとまで認めるに足りる証拠はない。被告Y2らが原告を退職し、被告会社に就職し、しかも被告Y2らが原告の従業員として就労していた業務を被告会社の従業員としてそのまま引継いだため、原告は訴外会社の業務を失うことになったのであるが、これは訴外会社が右引継ぎを認めて原告に請負わせていた業務を訴外(ママ)会社に請負わせることになった結果であって、不正、違法な手段が用いられたわけではなく、未だ社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものとはいえないから原告の被告Y2ら、被告Y4及び被告会社に対する不法行為に基づく請求は理由がない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 使用者が、従業員に対し、雇用契約上特約により退職後も競業避止義務を課すことについては、それが当該従業員の職業選択の自由に重大な制約を課すものである以上、無制限に認められるべきではなく、競業避止の内容が必要最小限の範囲であり、また当該競業避止義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存するなど合理的なものでなければならない。
 前記認定によれば、被告Y2らの原告での業務は、単純作業であり、原告独自のノウハウがあるものではなかった。また本件規定は、同じ現場に原告と競業する他社が存在し、人材の欠員、増員に関し、どちらか先に取引先(訴外会社)に気に入られる人物を提供した方がその利益を得るという状況下で、単に原告の取引先を確保するという営業利益のために従業員の移動そのものを禁止したものである。そして原告における被告Y3の年収は約三六六万円(税込み)、被告Y2の年収は約三二三万円(税込み)と決して高額なものではなく、また退職金もなく(〈人証略〉)、さらに本件規定に関連し原告は従業員に対し何らの代償措置も講じていなかった(当事者間に争いがない事実)。以上を総合考慮するならば、本件規定が期間を六か月と限定し、またその範囲を元の職場における競業他社への就職の禁止という限定するものであったとしても、被告Y2らの職業選択の自由を不当に制約するものであり、公序良俗に反し無効であると言わざるを得ない。