全 情 報

ID番号 07591
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日経ビーピー(損害賠償)事件
争点
事案概要  出版会社Aの社員Xが、Aの福利厚生部長であったYが人事部を通じてAに対しXを懲戒解雇することを上申したことから、Aが経営会議でXの懲戒解雇処分を決定し、その旨を公表し、平成一二年三月三日付の解雇通知がXに配達されたが、不在のため受領せず、同日地位保全の仮処分申立てをし、その四日後にも同通知が配達されたが、Xは「懲戒解雇通知書」の受取りを拒否していたところ、懲戒解雇処分は錯誤により無効であること、Yが懲戒解雇の議題を経営議会に諮ったことにより精神的な損害を受けたとして、Yに対し慰謝料を請求したケースで、Xは右仮処分申立事件の第一回審尋期日において、書証として提出された懲戒解雇通告書の交付を受けたことにより、解雇の意思表示は既にXに到達しており、Yが殊更にXを懲戒解雇することを目的として、Xを懲戒解雇すべき理由がないことを知りながらあえて、又は、一応Xを懲戒解雇すべき理由があるが、懲戒解雇に処するのが相当ではないことを知りながらあえて、懲戒解雇を提案したことを認めることができず、YのXに対する不法行為の成立は認められないとして、Xの請求が棄却された事例。
参照法条 民法709条
労働基準法89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2000年8月7日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 5696 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例793号38頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇することが、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合(最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決・民集29巻4号456頁を参照)や、一応懲戒解雇事由があると認められても、当該具体的な事情の下において解雇に処することが著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認することができない場合(最高裁昭和52年1月31日第二小法廷判決・裁判集民事120号23頁を参照)には、懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇することは権利の濫用として違法であり、懲戒権の行使としての懲戒解雇について不法行為責任が成立し得るということになるが、懲戒権の行使としての懲戒解雇に不法行為が成立すると認められる場合に、当該懲戒解雇について不法行為に基づく損害賠償責任を負うのは懲戒権を行使した使用者のみである。懲戒権を行使した者が会社である場合には、その代表者が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇するまでにその会社の取締役や従業員等が懲戒解雇の手続に関与するものと考えられるが、仮に懲戒解雇の手続に関与したすべての取締役や従業員等が懲戒解雇に賛成したとしても、会社の代表者が懲戒解雇に反対すれば懲戒権の行使として従業員が懲戒解雇されることはないのであり、逆に、懲戒解雇の手続に関与したすべての取締役や従業員等が懲戒解雇に反対したとしても、会社の代表者が懲戒解雇に賛成すれば、懲戒権は行使されるのであって、このことからすれば、懲戒権を行使した者が会社であったとしても、会社が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇したことについて不法行為に基づく損害賠償責任を負うのは、あくまでも使用者である会社である。
 三 しかし、会社が懲戒権の行使として従業員を懲戒解雇するまでに懲戒解雇の手続に関与した取締役や従業員等が、殊更にある従業員を懲戒解雇することを目的として、その従業員を懲戒解雇すべき理由がないことを知りながらあえて、又は、一応その従業員を懲戒解雇すべき理由はあるが、懲戒解雇に処するのが相当ではないことを知りながらあえて、懲戒解雇を提案し、又は、提案された懲戒解雇に賛成するなどして、懲戒解雇の手続を積極的に進めた結果、その従業員が懲戒解雇されたという場合に、その懲戒権の行使としての懲戒解雇が懲戒権の濫用として違法であると認められるのであれば、その従業員を懲戒解雇することを提案し、又は、提案された懲戒解雇に賛成するなどして、懲戒解雇の手続を積極的に進めた取締役や従業員等には、懲戒解雇を提案し、又は、提案された懲戒解雇に賛成するなどして、懲戒解雇の手続を積極的に進めたことについて不法行為が成立し得るものというべきである。〔中略〕
 四 本件においては、証拠(〈証拠略〉)によれば、被告が訴外会社の人事部を通じて訴外会社に対し原告を懲戒解雇することを上申したことが認められるが、他方において、証拠(〈証拠略〉)を総合しても、被告が殊更に原告を懲戒解雇することを目的として、原告を懲戒解雇すべき理由がないことを知りながらあえて、又は、一応原告を懲戒解雇すべき理由はあるが、懲戒解雇に処するのが相当ではないことを知りながらあえて、懲戒解雇を提案したことを認めることはできない。
 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告の原告に対する不法行為の成立を認めることはできない。