全 情 報

ID番号 07609
事件名 退職金請求事件、損害賠償請求事件、不当利得返還請求事件
いわゆる事件名 ジャクパコーポレーションほか一社事件
争点
事案概要  幼稚園の体育指導等の業務委託を受託する会社Y1で営業部長兼体育事業部長であったY2が転勤を命じられ一年の猶予を申し出たのにもかかわらず受け入れられなかったことから、退職し、その後、Y1同様の業務を行う会社Zの設立に向けて、Y1の労働条件等に不満を有していたY1の従業員X1、X2ら六名に対し電話や面談等によりY4会社への転職勧誘を行い、Y1の顧客幼稚園等に対して挨拶回りによりY4との依託契約締結への働きかけをし、Y2退職一年後のY4設立(Y2の妻の父が代表者)に伴い、AらはY1を退職しY4に就職し、Y1との契約を解約し新たにY4と契約締結した幼稚園等でY2とともに体育指導等の業務に従事していたところ、Y1が退職金規定四条の二(不正な手段をもって会社の在職中に自己の会社と同種の営業を企画活動した者及び他への就職活動をした者は退職金不支給)に基づき、X1らに退職金が支払われなかったことから、(1)X1ら六名がY1に対し、退職金の支払を求めた(甲事件)が、(2)Y1がY2、X1ら六名、Y4、Y4代表者、X2の身元保証人に対し、Y2らは共謀して顧客を奪取する不法行為を行ったとして、損害賠償を請求し(乙・丙事件)、(3)Y1が退職金規程に基づき、X1ら六名の退職金支払を拒否するとともに、Y2に支払われた退職金の返還を請求した(丁事件)ケースで、(1)については、X1らは退職金規程四条の二には該当しないが、区域(勤務地内)、期間(一年以内)を限定し、同業他社への転職、同様の営業をした者等に支給すべき退職金及び年度末退職加給金を一般の自己都合退職の二分の一とする規程は、合理性のない措置で無効とすることはできず、X1らは右規程に該当するとして、一般の自己都合退職の二分の一の限度でX1ら六名の請求が一部認容され、(2)については、Y2の転職の勧誘行為は、手段、態様において社会的相当性を逸脱するほど著しく不当なものと認められず不法行為に該当するとはいえないとし、右である以上、X1ら及びY4らの損害賠償義務はないとして、請求が棄却され、(3)については、退職後の行為を理由に退職金を全額不支給とする規程(従業員の引き抜きをした場合)が有効とされるためには、不支給事由とされる行為の違法性が顕著であるなど高度の合理性が認められる場合に限定されるべきであり、Y2の勧誘行為は右規定の退職金不支給事由に該当するとは認められないが、自己都合退職の二分の一とする規程に該当することから、Y2が不当利得した退職金の二分の一相当額について返還請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法11条
労働基準法89条1項3号の2
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
賃金(民事) / 退職金 / 競業避止と退職金
裁判年月日 2000年9月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 5601 
平成11年 (ワ) 5783 
平成11年 (ワ) 6077 
平成11年 (ワ) 12048 
裁判結果 棄却(5783,6077号)、一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例794号37頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 被告Y1会社は、退職金規程八条二項において退職後の競業行為を禁止していると主張するが、これは、退職金の支給条件(減額、不支給事由)を定めた規程であり、これをもって一般的に退職後の競業行為を禁止したものと解することはできず、他に、被告Y1会社の就業規則等には退職後の競業行為などを禁じる規程はない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 すでに被告Y1会社を退職していた被告Y2が、被告Y1会社と競合する新規事業を計画し、その遂行に必要な従業員を確保し契約園を募るなどした結果、被告Y1会社の従業員の一部がこれに応じて被告Y1会社を退職し、被告Y1会社が受託していた幼稚園の一部が被告Y1会社との契約を解消したとしても、そのような被告Y2の競業行為やこれに呼応した従業員の行為が当然に被告Y1会社に対する背任行為等として不法行為となるものではない。
 もっとも、原告X1、同X2、同X3、同X4及び被告Y3は、被告Y1会社に対し、退職後担当園の指導を行わない旨の誓約書を提出しているから、同人らが被告Y4に雇用されて解約幼稚園で体育指導等をしていることはこの合意違反に該当し、それゆえに違法性を帯びると解する余地がないではない。
 しかし、同業他社への転職を予定して退職する労働者が、転職の妨害等を懸念して虚偽の退職理由を申告することは理解できないことではないし、右誓約書は、原告X1らが被告Y1会社から同業他社への転職を疑われるなかで、被告Y1会社代表者らから個別に呼び出され退職理由等を追及されて、あらかじめ被告Y1会社が文面を印刷するなどして用意していた書面に署名するという方法で提出させられたものであり、しかも、被告Y1会社の代表者自身、陳述書(〈証拠略〉)や本人尋問で、原告X1らが虚偽の誓約をしているしている(ママ)と思ったなどと述べているのであって、これらの諸事情に労使間の優劣関係を併せ考えれば、右誓約書は原告X1らが提出を拒絶しがたい状況の中で、意思に反して作成提出させられたものというべきであり、任意の合意といえるかには多大な疑問があるのみならず、誓約内容も、原告X1らが指導を担当していた幼稚園等すべてにおいて、期限を限定することもなく、他に雇用されて指導することまで制限するものであって合理性を有するものとも認められない。したがって、かかる誓約書による合意に原告X1らの退職後の職業選択の自由を制約する効力を認めることはできず、不法行為責任が問われている本件においても、右合意に違反したことをもって、不法行為に該当するとか、違法性を強める事情などとすることはできない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 被告Y2が、被告Y1会社の従業員に対して転職の勧誘行為を行っていたことや解約幼稚園に対して新会社との契約締結への働きかけを行っていたことは認められるが、その手段、態様において社会的相当性を逸脱するほど著しく不当なものであったとは認められず、したがって、それらが被告Y1会社に対する不法行為に該当するということはできない。原告X1らが、被告Y2の勧誘に応じて転職を決意するなどしたことや原告X5、同X6らが労働組合を結成して退職者を支援する要求をしたりしたことも、それを違法とは目し得ないし、被告Y2の行為が不法行為とならない以上、これに呼応したことが、共謀による不法行為に該当する余地もない。
 (四) 被告Y2らの行為が不法行為に該当しない以上、被告Y5がこれに加担していたとしても、それが不法行為に該当する余地はないし、被告Y4が使用者責任を問われなければならない理由はない。
〔賃金-退職金-競業避止と退職金〕
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 退職金規程八条二号が規定する「在職中に同種営業を企画活動した者」とは、自らが主体となって競業行為を推進し、その活動に従事した者を指すと解されるが、原告らが、被告Y1会社在職中にかかる活動をしたと認めるに足る証拠はない。また、同条同号にいう「他への就職活動をした者」についても、在職中の転職活動を一律に退職金不支給事由とすることは著しく退職の自由を制限するものであって、到底合理的な制約と解されないし、文言からしても「不当な手段をもって、会社の利益に反して」という限定がかかるものと解すべきである。しかるに、前記認定のとおり、原告らが、被告Y1会社在職中に被告Y2の勧誘に応じるなどして新会社への転職を決意したとの事実は認められるが、それ以上に右転職にあたって、格別不当と目すべき手段を弄するなどした事実は認められない。
 よって、原告らに右不支給事由があるとは認められない。〔中略〕
〔賃金-退職金-競業避止と退職金〕
 被告Y1会社の退職金規程八条二項前段は、同業他社に転職するなどした社員の退職金減額支給を規定しており、制裁措置である点では四条と同種の規程というべきであるのみならず、被告Y1会社は、原告らの行為が不法行為に該当すると主張する際の根拠として右八条二項前段を援用しているのであるから、退職金不支給事由としても同条同号への該当を当然に主張する趣旨であると解される。
 そして、同条同号は、区域、期間を限定し、同業他社への転職、同様の営業をした者等に支給すべき退職金及び年度末退職加給金を一般の自己都合退職の場合の二分の一とするのであるが、前記のとおり、指導者の獲得と顧客幼稚園の獲得とが直結しているとまでは認められないとしても、指導者の流出が顧客幼稚園との体育指導等の委託契約の維持等に影響する部分が少なくないと考えられること、右の程度の不利益を課したとしても労働者の転職の自由を著しく制限することになるとはいえないと考えられること、本来退職金が功労報償的性格をも併せ有することなどに鑑みるときは、右規程が合理性のない措置であり、無効であるとすることはできない。
 原告らは、いずれも被告Y1会社退職後引き続き同じ地域で営業する被告Y4に就職し指導職として解約幼稚園での体育指導業務等に従事しているのであり、かかる行為が退職金規程八条二項前段に該当することは明か(ママ)である。そうすると、原告らの退職金及び年度末退職加給金は、一般の自己都合退職の場合の二分の一しか発生していないというべきである。〔中略〕
〔賃金-退職金-競業避止と退職金〕
 被告Y2が、被告Y1会社退職後未だ一年を経過しない平成一〇年一〇月ころから解約幼稚園を含む大阪近郊の幼稚園等に新会社との委託契約締結を依頼していたこと、これが営業活動そのものというべきであることは既に述べたとおりであり、かかる行為が退職金規程八条二項前段に該当することは明か(ママ)である。
 そうすると、被告Y2の退職金は、一般の自己都合退職の場合の二分の一に減額され、支給された退職金全額を保有し続ける法律上の原因が消滅したことによって退職金の二分の一相当額は不当利得になるというべきである。しかも、これについて被告Y2は悪意と認められるから受益の時からの利息を付して返還すべきである。