全 情 報

ID番号 07631
事件名 営業秘密使用禁止等請求事件
いわゆる事件名 ニッシンコーポレーション事件
争点
事案概要  耐食タンク、熱交換器等の製造販売を業とする株式会社Xの代表取締役、営業課長、製造課長であったY1~Y3らは、Xを退職して一ヶ月後に設立されたタンクローリー・熱交換器等の製造販売等を業とする株式会社Y4で代表者もしくは取締役として勤務することになったところ、会社Y4は、Xが従来から交渉を続けてきた会社Aに販売すべく製造していたフッ素樹脂シートの溶接技術を使ったタンクと同じタンクを製造して、会社Y5を経由してAに販売したことから、Xが〔1〕Y1~Y5に対し、不正競争防止法三条に基づき本件ノウハウ使用の差止めと不法行為に基づく損害賠償を、〔2〕Y1~Y3に対し、契約ないし信義則上の義務違反に基づく競業行為の差止めと不法行為又は雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償を請求したケースで、本件ノウハウのうち一部につき不正競争防止法上の営業秘密性を認めたうえで、〔1〕について、Y4がAに納入する本件タンクを製造したこと、Y3が会社Y4に技術情報を開示したことは不正競争法防止法上の「不正競争」に該当するとして、Y4に対する本件ノウハウの使用の差止め請求のみが認容されたほか、Y1~Y3はX在職中からXとAとの取引の奪取を企て会社役員ないし従業員としての競業避止義務に反して右取引を奪取し、かつY4において営業秘密である本件ノウハウを使用してXのタンクと同内容のタンクを製造したのであるから、Y1~Y4は右行為によってXが被った損害として三〇〇万円の損害賠償義務を負うとして請求が一部認容され、〔2〕については、「退職後五年間は会社の営業の部類に属する事業を含む他企業への勤務又は自家営業を行わない」旨の誓約書による競業避止の約定は、公序良俗に反し無効であるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
不正競争防止法2条4項
不正競争防止法2条1項8号
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 企業秘密保持
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
裁判年月日 1998年12月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 8314 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 知的財産例集30巻4号1000頁/判工
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-企業秘密保持〕
 被告Y1らは、本件誓約書に基づき秘密保持義務を原告に対して負っていたところ、被告Y3は、原告から開示された不正競争防止法二条四項にいう「営業秘密」に当たる別紙目録一記載の技術情報を、不正の競業の目的ないし原告に損害を加える目的で、被告Y1、被告Y2及び被告会社Y4に開示し、被告会社Y4は、右の被告Y3による本件ノウハウ〔中略〕の開示が不正開示行為であることを知りながら本件ノウハウを取得し、これを使用してA会社に納入した本件タンクを製造したというべきである。
 以上によれば、被告会社Y4がA会社に対して被告Y5を通して納入する本件タンクを製造したことは、不正競争防止法二条一項八号の「不正競争」に、被告Y3が被告会社Y4に別紙目録一記載の技術情報を開示したことは同条同項七号の「不正競争」にそれぞれ該当するというべきである。また、被告会社Y4が現在も本件ノウハウを使用してタンクを製造していることを認めるに足りる的確な証拠はないが、右のように現実に右技術情報を使用した事実が存在することと本件訴訟の経過を併せ考えると、将来もそのおそれを認めることができる。〔中略〕
 以上によれば、原告は、被告会社Y4に対して、本件ノウハウの使用の差止めを求めることができ、しかも、被告Y1は被告会社Y4の代表者、被告Y2及び被告Y3は被告会社Y4の取締役であって、被告会社Y4らはそれぞれ不正競争行為につき少なくとも過失があると認められるから、後記のとおりの損害賠償義務を負うものというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 被告Y1らは、昭和五八年四月一日付で原告に対して自ら署名押印した本件誓約書を提出しており、右誓約書第六項には「会社を退職した後五年間は、会社の営業の部類に属する事業を営む他企業への勤務又は自家営業を行わず、その他会社の技術、情報等を利用して会社に損害を及ぼす行為を一切行わないこと」と記載されていることからすると、被告Y1らは、原告を退職後五年間の競業避止を原告に約したものということができる。
 ところで、被告Y1らは、競業避止義務の存在自体を争っているが、仮に当該義務の存在が認められるとしても、本件の場合、被告Y1は平成四年一〇月五日、被告Y2は同月二日、被告Y3は同月二三日に原告を退職したのであり、本件口頭弁論終結時においては、既に五年間が経過していることが明らかであるから、右競業避止の合意の効力を検討するまでもなく、もはや競業避止義務に基づく差止めを求めることはできないといわざるを得ない。この点について、原告は、退職後ただちに競業行為を始めた場合には、退職後五年を経過してもなお本件誓約書による競業避止の不作為義務が存続する旨主張するが、そのように解すべき根拠はなく、右主張は失当である。〔中略〕
 会社の役員や従業員に退職後の競業避止義務を課すことは、職業選択の自由を制限するものであるから、無制限に認められるものではなく、合理的な範囲内のものでなければならない。これを本件についてみると、確かに、原告の事業は特殊な技術分野に属するものであり、特に本件ノウハウが問題になるフッ素樹脂シートライニングの技術を用いた耐食容器の製造は、業者の数も多くはなく、しかも、原告はこれまで認定したとおり営業秘密として法的保護に値するノウハウを保有し、その技術力は業界でも高く評価されていたものであるから、原告としては、その保有する営業秘密を保護するために、また、業界での優位性を維持するためにも、その役員や従業員に対し競業避止義務を課す必要があることは、肯定できないわけではない。しかも、被告Y1らについていえば、いずれも、原告の保有しているノウハウに直接かかわっているか、そうでなくとも、原告の中枢の業務に関与していた者たちであるから、原告の立場からは競業避止義務を課す必要性は一般の従業員に比べて大きかったことも否定できない。しかし、本件誓約書の競業避止の条項の内容を検討すると、本件ノウハウにかかわるフッ素樹脂シートライニングの技術に関係する職種に限定されるようなものでないことはもちろんのこと、原告の「会社の営業の部類に属する事業を営む他企業への勤務又は自家営業を行わず」とあって、極めて広範囲なものになっており、地域的な限定もなく、その期間も五年間と相当長くなっている。ところで、原告Y1らは、原告を退職するに際して原告から前記のとおり退職金を支給されている。この点についてみると、原告では従業員の退職金について退職金規程(乙八)を置いているところ、右規程によれば、従業員が自己都合で退職した場合、退職時における基本給の月額に勤続年数に応じて同規程別表の支給基準率のB欄に定める率を乗じて算出した退職金を支給するものとされている(同規程三条)ことが認められる。〔中略〕退職後の競業避止義務の約定の合理性を考えるに際しては、しかるべき代償措置を会社がとっているかどうかも考慮する必要があるが、被告Y2及び同Y3については、原告の退職金規程より相当少ない額の退職金の支給しか受けていないし、もともと、右の退職金規程に基づく退職金は、勤務中の労働の対価としての意味を有するものであって、そもそも退職後の競業避止義務に対する代償措置としての性質を有するものともいえない。被告Y1については、原告の退職時専務取締役であったものであり、必ずしも退職金規程がそのまま適用になるわけではなく、原告の側では退職に当たって新たな秘密保持の誓約書を徴していることからみると、退職後の競業避止義務に対する代償的な意味合いも含めて被告Y1に退職金を支給したものとみる余地もあるが、その金額の七〇〇万円は、同被告の勤務年数、地位、退職当時の年収(甲一五によれば一八二〇万円)、従業員の退職金規程による金額に照らしても、競業避止義務の代償措置として十分な額とは到底いえない。〔中略〕
 被告Y1らが原告退職の前後にとった行動は、前記のとおり退職前から計画的に原告が受注していた原告タンクの取引を奪取したものというべきであるから、右の限度では、本件誓約書による競業避止の約束の効力如何にかかわらず、会社取締役の競業避止義務ないし従業員の雇用契約上の附随義務に基づく競業避止義務に反する行為であることは明らかである。
 以上を要するに、本件誓約書による競業避止の約定は、その対象について非常に広範であること、場所的限定がないこと、期間が長期に過ぎること、代償措置がないか不十分であることを考慮すると、営業秘密の開示、使用の禁止以上に競業避止を認める合理性に欠け、公序良俗に反し無効であると認めるのが相当である。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 被告Y1らが原告を退職して被告会社Y4を設立した時期に前後して、被告Y1ら以外に原告の従業員六名が原告を退職し被告会社Y4に就職していることが認められる。しかしながら、これらの従業員が原告を退職するに至った理由や経過は必ずしも明らかでなく、これらの者についても、前示したところに照らして、退職後の競業避止義務をたやすく認め難いし、原告の営業秘密を知る立場にあったかどうかも不明であり、被告Y1らがこれらの者に対して、原告を退職し、被告会社Y4に就職するように勧誘したような事実があったとしても、その具体的な態様も明らかではなく、ただちに、雇用契約上の誠実義務に違反したとか、不法行為を構成するような行為であるとは認めることができない。また、被告Y5の従業員が右移籍に加担した事実を認めるに足りる証拠もない。