全 情 報

ID番号 07680
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 エスエイロジテム(時間外割増賃金)事件
争点
事案概要  貨物輸送・石油製品の販売を業とする株式会社Yの従業員で東京東部労働組合支部の組合員であったXら五名が、Yと支部は時間外・深夜割増賃金について団交を継続するなかで、支部が未払いであると主張している割増賃金(Yは割増賃金の算定基礎から労基法三七条四項所定の除外賃金に該当しない業務手当・加算手当を除外して支払っていた)が時効にかかるおそれが出てきたため、平成一〇年七月に、Yと支部の間で、Yは同七年一〇月分以降の時間外割増賃金及び深夜割増賃金について時効の主張を行わない旨の協定が締結されたものの、その後も協議が整わなかったため、平成七年一〇月以降一年一一ヶ月分の割増賃金につき、業務手当及び加算手当を計算基礎に入れた割増賃金の支払を請求したケースで、業務手当は通常の業務の中に恒常的に含まれる困難な業務の対価として、運転手全員に一律支給されており、また加算手当は深夜労働手当分のみならず、運転手が通常の業務としてする乗務の回転数、配送件数、長距離運転等に応じて加算されるポイント制で支給される分も含まれるものであり、いずれも労基法三七条四項所定の除外賃金に該当せず、割増賃金の算定基礎とすべきであるとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法37条
労働基準法115条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定基礎・各種手当
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
雑則(民事) / 時効
裁判年月日 2000年11月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 12016 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例802号45頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定基礎・各種手当〕
 労基法37条4項、同法施行規則21条は、時間外割増賃金の基礎となる賃金から除外される賃金を規定しているところ、これらの賃金が除外される趣旨は、例えば「家族手当」、「住宅手当」などであれば、同一時間の時間外労働に対する割増賃金額が労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情で代わるのは相当でないとの理由で除外されたものであり、「臨時に支払われた賃金」であれば、労基法37条3項に規定する「通常の労働時間の賃金」とはいえないことから除外されている。これを踏まえて以下に検討する。
 まず、業務手当であるが、業務手当は、被告の主張する給与規定上基準内賃金とされていること、業務手当はもともと困難な乗務とされる石油タンクローリー車とコークス用ダンプ車の乗務日数に応じて支給されていたとしても、実際には運転手全員が恒常的に乗務していたため一律に加算された手当であったことからすると、業務手当は、通常の業務の中に恒常的に含まれる困難な業務の対価として支給されてきた手当であって、被告の考えていたように便宜的、恩恵的ということはできず、まさに「通常の労働時間の賃金」であるといえ、時間外割増賃金の基礎から除外される賃金には該当しないというべきである。
 次に、加算手当であるが、加算手当には深夜労働手当分が含まれていることから時間外割増賃金の計算の基礎から除外すべきと考える余地もなくはない。しかし、加算手当には、深夜労働手当分のみならず、運転手が通常の業務としてする乗務の回転数、配送件数、長距離運転等に応じて加算されるポイント制で支給される分も含まれており、右については時間外割増賃金の計算の基礎から除外される賃金のいずれにも該当しない。したがって、本来は深夜労働手当分とポイントによる分は分離し、後者のみ時間外割増賃金の計算の基礎とすべきであり、東部労組支部も両者を分離すべきとの見解であったにもかかわらず、被告はこれを分離しなかったことからすると、加算手当を時間外割増賃金の計算基礎から除外して労働者に不利益を与えるべきではない。
 したがって、業務手当及び加算手当のいずれについても時間外割増賃金の計算の基礎とすべきである。〔中略〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 本件においては、週44時間制の下での月間所定労働時間191.33時間、週40時間制の下での月間所定労働時間174.48時間はいずれも、労基法上の労働時間を超えていること(週44時間制の下では年間法定総労働時間は191.19時間(365日÷7日×44時間÷12月)、週40時間制の下では年間法定総労働時間は173.81時間(365日÷7日×40時間÷12月)となる。)、被告における勤務は原則として午前7時から休憩時間1時間、実働8時間とされているが、加えて勤務は早朝から開始されたり深夜に及ぶことがあることからすると、原告らの主張する時間外労働時間が1日8時間、週40時間ないし週44時間を超える時間外労働時間であったことを推認することができるのであって、右認定を覆すに足りる証拠はない。〔中略〕
〔雑則-時効〕
 被告は、平成7年10月以降の時間外割増賃金の請求について時効を援用しない旨の本件協定は、東部労組支部との間で締結したものであるから、原告らに対し個別的に時効を援用することを禁じる趣旨でないと主張する。
 確かに、本件協定は、被告と東部労組支部との間で締結されたもので、その所属組合員である原告らそれぞれと被告との間の直接的な合意ではないが、時効を援用しないとする対象が平成7年10月分以降の時間外割増賃金の請求であることは明らかである。そもそも時間外割増賃金は東部労組支部に所属する各組合員に個別的に発生するものであり、同組合が当事者として被告に対して時間外割増賃金を請求できるわけではない。しかし、同組合は、所属組合員の利益を代表して、所属組合員に個別的に発生する時間外割増賃金の請求について被告と協議を行う中で、時効を援用しないとする本件協定を締結したのである。
 そのことからすれば、同組合に所属する各組合員は、それぞれが被告に対して有する時間外割増賃金の請求について被告が時効を援用しないものと考えるのが通常であり、本件協定の効力が各組合員に直接及ぶかどうかはともかく、少なくとも、被告が、本件において時効を援用することは信義則に反し許されないものと解すべきである。