全 情 報

ID番号 07691
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 アイビ・プロテック事件
争点
事案概要  国際旅行の企画・手配を業とする株式会社Yで営業部長職にあったXが、社会福祉法人Aの理事に就任するとして、辞表を提出した際、Yとの間で、〔1〕YはXの退社後の職務につき賛同するとともに、Yの方針として支援するためにXを「会社都合による退職」扱いとする、〔2〕Xは業務の円滑な引継ぎをする、〔3〕YはXに対し、三カ月間、退職金として、それぞれ給与の一ヶ月分相当額を支給するといった内容の覚書を取り交わしていたが、退職直後Yと業務内容の競合する会社Bの常務取締役に就任したところ、辞表提出直前にYのコンピューター内に顧客データをBに移動し、さらに退職直前にYコンピューター内の顧客データの一部を消去し、かつ残るデータに消去したデータを混入する又はその可能性が疑われるような行為をしたことが判明(Xは、後者については電子計算機損壊等業務妨害罪として有罪判決を受けている)したことを理由に、Yから右覚書に基づく退職金が支払われなかったため(なお、Yには就業規則上退職金支給に関する定めはない)、右覚書に基づく退職金の支払を請求したケースで、Xの行為は懲戒解雇事由に該当ないし匹敵するものであり、かつその背信性は重大であると認められ、また本件退職金の合意は、Xの退職に当たってYが特別かつ例外的にXに対してこれを支給する趣旨にあったものと認められるところ、Xの行為は右合意の趣旨を無に帰せしめる性質を有するものであったというべきであることなどからすれば、XのYに対する本件退職金請求は権利の濫用に当たるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
民法1条3項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 2000年12月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 10597 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例803号74頁/労経速報1758号19頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 原告が顧客データを移動した行為及び顧客データを消去、混入した行為が、仮に原告の在職中被告に明らかになっていれば、被告の就業規則40条2(4)所定の懲戒解雇事由(会社内において、窃盗、横領、傷害等刑法犯に該当する行為を行ったとき)に該当、あるいは少なくともこれに匹敵するものであるというべきであり、また、原告が顧客データを消去した行為が、仮に原告の在職中に明らかになっていれば、同就業規則40条2(3)所定の懲戒解雇事由(刑事事件に関し有罪判決を受けたとき)に該当するということができる。〔中略〕
 一般に、退職金とは、賃金後払いの性質及び在職中の功労に対する報償の性質を有するものと解され、前者の性質に照らせば、退職金支払請求権は、賃金支払請求権に関する労働基準法上の保護と同様の保護を受けるものということができる。しかし、このような一定の保護を受ける請求権であっても、これを請求することが権利の濫用に当たる場合を否定することはできない。もとより、一般の支払請求権と右のような保護を受ける支払請求権とで、それを行使することについての権利の濫用の成否に関する判断には、自ずと相違があり、後者についてより厳格な判断が行われなければならないというべきであるが、そうであるからといって、後者について権利の濫用に当たる場合があることを否定する理由もない。
 当該労働者の退職金請求権の行使がいかなる場合に権利の濫用に当たるかについては、個別の事案に沿って判断せざるを得ないが、退職金の右性質、とりわけ、功労報償的性質の面にかんがみると、当該労働者に、その在職中背信的な行状等があった場合には、その行状の背信性の程度次第で、退職金請求権を行使することが権利の濫用に当たる場合があるというべきである。そして、在職中の行状等に背信性が認められるかに関しては、当該企業の定める就業規則において懲戒解雇事由とされている事由への該当性の有無も、その判断に当たっての重要な事情になるというべきである。懲戒解雇とは、使用者が、従業員の企業秩序違反行為に対する懲戒権に基づき懲戒処分を行うに当たり、特に著しい企業秩序違反行為、言い換えれば、使用者として看過し難い背信的な行状等があった場合に行う、労働契約関係を解消する措置であること、現に、就業規則上退職金支給規定が置かれている場合にあって、懲戒解雇の場合は退職金不支給の事由とされることが多いこと、以上がその理由である。なお、右の理は、当該企業に右行状等が判明したのが、当該労働者の退職後であっても変わるところはないと解される。たまたま当該使用者が当該労働者の退職後に右行状等を知ったとか、当該労働者が右行状等を秘したまま自主退職したなどというにすぎないのに、当該労働者が退職金の支給を受けられるというのは、退職前に右行状が判明していた場合との均衡を著しく失するというべきだからである。
 また、退職金支払請求権は、個別の労働契約上退職金の支給に関する合意がある場合、あるいは、就業規則上退職金の支給の定めがある場合等に発生するところ、前者の場合、退職金支給の合意に至る経緯、そのような合意をするに至った動機等の事情次第では、当該労働者の行状等の背信性にかんがみ、退職金請求権を行使することが不当であると解される場合があり得るから、右の事情は、当該労働者が退職金を請求することの権利濫用性を基礎付けるものとなる場合があるというべきである。〔中略〕
 これを本件についてみるに、前記3記載の事実及び判断によれば、同記載のとおりの原告の行為は、懲戒解雇事由に該当ないし匹敵するものであり、かつ、その背信性は重大であると認められる。