全 情 報

ID番号 07726
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 山一證券破産管財人事件
争点
事案概要  平成九年に自主廃業を決定した有価証券の売買等を目的とする株式会社Yの元従業員X1は、Yに在籍中、自社株有資制度に基づき、貸付業務を行っていた互助会(従業員の親睦援助を目的とする労使組織)から、退職時に残元本と利息を一括返済することを合意したうえで融資を受け、X2も同様に融資を受けており、互助会の規約には、退職時に貸付の残金金額を一切返済することが定められ、またYと組合との間で、労基法二四条一項但書に基づく賃金控除協定の締結により、互助会からの貸付金の返済金を退職金から控除することを認める条項があったところ、X1は退職時に右貸付を含む互助会からの貸付金の残元利金から退職金等を控除した残額をYに支払うとともに買付金証書の返還を受け、X2も退職後、右貸付を含む貸付の残元本及び利息について退職金と相殺する旨の合意書を差し入れたが、Xらが破産管財人であるYに対し、〔1〕個別の合意がないまま労使協定の存在を理由に退職金から貸付金の残元利金を控除することができず、また〔2〕本件協定自体が違法であり、退職時の相殺合意は強要によってなされたものであり、さらに〔3〕貸付自体が錯誤等により無効であるなどと主張して、自己の退職金につき優先権のある破産債権を有する事の確定を請求したケースで、自社株融資制度を利用して互助会から貸付を受けた貸付金については退職時の退職金等との相殺処理は当初から予定されていたと認められ、本件相殺の合意はXらの自由意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたというものというべきであり、そして、仮に本件貸付が取消され又は無効であるとしても、Xらには貸付けに係る金員の不当利得があり、退職金債権は、いずれも本件相殺の合意により消滅しているものというべきであるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法24条1項
労働基準法11条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
賃金(民事) / 持株会等
裁判年月日 2001年2月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 10590 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例804号33頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
〔賃金-持株会等〕
 原告らが、本件貸付けの申込みの際に、それぞれ原告らが破産者を退社するときは退社時における原告らの本件貸付金に係る残元本及びこれに対する利息を一括して弁済することを合意していたこと(前記第2の2(7))に、前記第3の2(1)アで認定した事実及び証拠(〈証拠略〉、原告ら本人)を加えて総合考慮すれば、原告らは、自社株融資制度を利用して互助会から貸付けを受けた貸付金については退社時に退職金等から残債務を一括して返済することを了解していたものと認められること、前記第3の1(2)アないしウの各事実、第3の2(1)エの事実及び証拠(原告ら本人)によれば、自社株融資制度は、自社株を買い付けた代金について互助会会員が希望する金額を互助会が融資するもので、福利厚生の一環として従業員の財産形成を目的とするものであり、その貸付利息は金融機関からの借入れと比べて低利であり、また、その返済期間は10年間で、その返済方法は、毎月の給与から元金の500分の1、年2回の賞与から元金の500分の19、毎年合計元金の500分の50ずつを利息とともに返済するというもので、当初から長期による分割弁済を予定していたことが認められること、以上の点を総合すれば、自社株融資制度を利用して互助会から貸付けを受けた貸付金については退社時の退職金等との相殺処理は当初から予定されていることであるものと認められる。
 そして、(1)で認定した事実によれば、原告X1が本件貸付け等に係る残元利金を返済する際に破産者から原告X1の退職金による返済を強要されたことや、原告X2が本件相殺合意書を提出した際に破産者からその提出を強要されたことをうかがわせるような事情は認められないのである。
 以上によれば、本件相殺の合意は、原告らの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきであるから、本件相殺の合意は有効である。
 これに対し、原告らは、本件相殺の合意の際に本件貸付けが取り消し得べきものであること又は無効であることを知らなかったのであるから、本件相殺の合意が原告らの自由な意思に基づいてされたものとはいえないと主張するが、仮に、本件貸付けが取り消し得べきものであり又は無効であるとしても、本件貸付けに係る金員返還請求権の代わりに本件貸付けに係る金員の不当利得返還請求権がなお存続することは前記認定、説示のとおりであって、そうすると、原告らには相殺の対象とされた債権について錯誤があったにすぎないから、その錯誤をもって本件相殺の合意が原告らの自由な意思に基づくものということができないとはいえない。
 そして、仮に、本件貸付けが取り消され又は無効であるとしても、原告X1の解雇時における不当利得の金額は、少なくとも390万0649円であり、原告X2の退社時における不当利得の金額は、少なくとも269万2446円であるということになる(前記第3の1(4))から、原告らの退職金債権は、いずれも本件相殺の合意により消滅しているものというべきである。