全 情 報

ID番号 07747
事件名 雇用契約上の地位確認等請求事件
いわゆる事件名 朝日新聞社事件
争点
事案概要  新聞社Yの診療所で歯科医師として勤務していたXが、多数の患者に対し不適切な対応、診療を続けてきたため、診療所の業務運営に支障を来していること、故意に虚偽のカルテを作成して診療報酬を不正に請求して健康保険組合及び被保険者である社員に損害を与えたことを主たる理由として、自主退職するよう要請されたが、これを拒否したため、就業規則の規定に基づき、Yとの信頼関係が喪失され従業員として不適格であるとの理由により普通解雇とされたことから(〔1〕止むを得ない社務の都合により退社を定められたとき、〔2〕就業規則に違反し、従業員としての義務を履行せず職務を怠っているときに基づき、二度にわたって解雇の意思表示がなされた)、右解雇は解雇権の濫用により無効であると主張して、雇用契約上の地位にあることの確認及びYより種々の嫌がらせを受けたと主張して不法行為に基づく慰謝料の支払を請求したケースで、労働者に従業員としての適格性の欠如や使用者との信頼関係の喪失を将来するような客観的に合理的な事由がある場合には、Yは解雇なしうるとしたうえで、Xは、従来からのやり方ではあるものの、保険請求の方法について指摘を受けてからも不適切なカルテの記載を行っており、かかる請求を続けたこと自体が歯科の管理者としては不適切な行為であり、またXの診療内容に対する患者からの苦情やスタッフの疑念、Xの勤務状態、これらに起因する歯科内部での人間関係の悪化、医師という専門職の配置転換の困難性等を考慮すれば、本件解雇は社会通念上相当性を欠くとはいえず有効であるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 従業員としての適性・適格性
裁判年月日 2001年3月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 7545 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1774号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-従業員としての適性・適格性〕
 原告の治療に対しては、患者から少なくない苦情があり、その歯科医師としての技量について、A等診療所歯科のスタッフから疑念が呈されていた(証拠略)。また原告は、電子カルテに実際には行っていない診療項目を記載して保険請求を行い、自己処方あるいは他の医師に渡すために多量の薬を処方するために他の同僚歯科医師の印鑑を承諾なく使用してカルテを作成していた。そして原告の診療を希望する患者が少なかったため、他のアルバイトの歯科医師に患者が偏るようになり、比較的暇な原告は、勤務時間中も歯科の診療室内ではなく、内科のレントゲン室にいて雑誌等を読んで過ごすことが多く、患者が来た場合には電話やレントゲン室に行って原告を呼ばなければならなかった(証拠略)。さらに、平成九年の健康保険法改正による社内診療所の有料化とそれに伴う医療費請求事務の事務量増大に対応するためのコンピューターシステムの導入についても、業者との対応や社内調整を週一日の非常勤の歯科医師であるB医師に任せきりにし、導入されたシステムにおけるパソコン入力についても非協力的な態度であった(証拠略)。そして、かかる原告の勤務態度、B医師との口論、Aに対する叱責(証拠略)、などから、歯科の責任者である原告と他の歯科のスタッフとの人間関係はうまくいっていなかった(証拠略)。
 確かに本件解雇については、被告診療所歯科が企業内診療所であるという特殊性から、平成九年の社内診療所有料化以前には、一般の歯科診療所で行うような厳密な保険請求は行われておらず(書証略)、このため点数の高い保険診療を行ったことにする扱いが、原告の前任者の時代から行われており、特に、被告診療所歯科には、予防歯科が設置されていたこともあって、歯周病疾患に対する処置である「P処置」「歯科衛生士実地指導料」といった項目については、機械的に計上されることが行われていた(証拠略)ことや、かかる保険請求を行うことによって原告自身には何ら経済的な利益はないこと、被告診療所においては、医師による薬の自己処方、特にアルバイト医師への薬の融通が行われていたといった事情があり、原告は、単にこれら保険請求や薬の処方に関する被告診療所歯科の従来からのやり方を続けていたにすぎないといった原告にとって汲むべき事情も存する。
 しかしながら、原告は、保険請求の方法については、C事務長から二重請求はしないように指示され(書証略)、A等からも請求できないのではないかと指摘された(書証略)以降も、漫然と従来のやり方を続け、不適切なカルテの記載を行っていたのであり、かかる請求を続けたこと自体が、歯科の管理者としては不適切な行為であったといわざるをえない。そして、前記のとおりの原告の診療内容に対する患者からの苦情やスタッフの疑念、原告の勤務状態、これらに起因する歯科内部での人間関係の悪化、歯科医師という専門職として被告に雇用され他の職場へ配置転換することができないことなどをも総合考慮すれば、かかる原告に対し、解雇をもって対処することが社会通念上相当性を欠くものとまではいえない。