全 情 報

ID番号 07780
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 河合楽器製作所事件
争点
事案概要  楽器製作会社Yの従業員であったXが、通勤手当と住所変更の社内手続を怠り不当に利得したこと、広告宣伝費ほかについてYへの経営処理を怠り不当な行為にあったこと、A研究所名義を使用してB商社営業所と取引を行ったこと等を理由に就業規則に基づき解雇されたため、右解雇の効力を争い仮処分を申立てていたが、その後XとYとの間で、Yのなした右各意思表示の撤回と、Xの退職、Xへの解決金の支払等内容とする旨の裁判上の和解が成立するに至ったところ、Yは前記解雇の意思表示の翌日にXについて厚生年金の被保険者資格喪失届を提出していたにもかかわらず、本件和解後、同資格喪失の取消手続をとっていなかったことから、XがYに対し、和解成立までは従業員として厚生年金被保険者資格が継続していたにもかかわらず、Yが解雇時になした同資格喪失届を和解成立後さかのぼって取消す処理をしなかったことにより、うべかりし厚生年金相当額等の損害を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償の支払を請求したケースで、和解当事者であるX及びYの双方とも本件和解により形式上は和解成立日まで使用関係が継続することとなるものの、それ以上に、使用関係が実質存在したと同様の状態を再現させることまでは予定していなかったと解するのが相当であるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2001年7月13日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 25189 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1776号22頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 上記認定事実によると、本件和解において、被告が解雇の意思表示を撤回し、改めて原告が和解成立の日付けで退職を申し出、被告がこれを承認したことのみを捉えると、法的には、和解成立日までは使用関係が継続したこととなる。
 しかし、そうであれば、被告は原告に対し、その間の給与その他の報酬の(被告に退職金規定がある場合は、和解成立日をもって退職する原告の退職金も)支払義務を負うこととなり、それと同時に、使用者として、支払う報酬等に応じた所得税等の源泉徴収分や、労働者負担部分と合わせた社会保険料を行政所管庁に納付する義務を負うこととなるから、報酬等の額を確定させ、源泉徴収税額・社会保険料額を確定させた上で、労働者である原告負担部分の社会保険料をどのように処理するか、原告が昭和四八年五月六日以降納付した国民年金等の保険料との関係も合わせ、当然問題となるところである。
 しかしながら、本件和解成立に至る過程において、上記の問題が協議されたことを窺わせる証拠は皆無である。そして、前記和解条項〔3〕では、被告が原告に支払う一〇〇〇万円は、給与及び賞与等ではなく解決金とされ、その金額も、原告の要求額を被告がそのまま受け入れて決定されたもので、上記のような観点の下に計算された数値によるものではなく、その支払にあたり、社会保険料や所得税の控除は行なわれていない。これらの点や、理由はともかく原告が解雇日以降現実に被告の労務に就いていなかったこと及び前記(2)キ及びクにおいて認定した稲木弁護士及び原告の態度を総合すると、和解当事者である原告及び被告の双方とも、本件和解により、形式上は和解成立日まで使用関係が継続することとなるものの、それ以上に、使用関係が実質存続したと同様の状態を再現させることまでは予定していなかったと解するのが相当である。
 (なお、原告の主張中には、被告が昭和四七年七月二日付けで社会保険資格喪失届を提出したことを認識していなかったとするような部分があるが、昭和四八年五月に国民健康保険及び国民年金の加入手続を取っている以上、そのときまでには被告が同資格喪失届を提出したことを知っていたはずであり、採用できない)。
 したがって、被告が前記被保険者資格喪失処理を取り消し、事業主として退職時までの社会保険料を納付する義務を負っていたとは認められない。