全 情 報

ID番号 07827
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 N設備・鴻巣市事件
争点
事案概要  ガス供給工事の請負等を業する会社Y1が新築住宅に都市ガスを引くための供給管を本管に接続するガス工事を受注したが(Y2市が営むガス事業は、供給申込みを受けたY2市が指定工事店にガス管接続工事を依頼し、工事店が申込者との間でガス工事請負契約を締結し、工事を行ったうえでY2市がガス供給を行うというシステムであった)Y1の従業員でガス責任技術者の地位にあったY3が、本管工事はガス圧の低い低圧管でなければならないにもかかわらず、ガス配管図を見誤まり、設計書にガス圧の高い中圧管と記載し、さらにY2市のガス水道部職員らはこれをガス配管図と照合確認しなかったため、そのまま本件工事の決定がなされ、さらに工事の当日はY3は現場に同行することなく設計書も再点検されなかったことから、中圧管のまま工事が実行されたところ、本件工事に従事していたY1の従業員Aが本管からのガス噴出により死亡したため、Aの両親Xが、〔1〕ガス責任者であるY3に対し、誤ったガス工事設計書を作成したことなどの過失があるとして不法行為責任に基づく損害賠償請求を、〔2〕Y1に対しては、Y3の使用者としての責任又はAに対する安全配慮義務を怠ったことによる債務不履行責任に基づく損害賠償請求を、〔3〕a)Y2市は、ガス水道部職員らがY2の提出した設計書をガス管図と照合しなかった等の過失があり不法行為責任がある、b)Y2市が設置管理するガス管図、本件事故を引き起こしたガス本管には瑕疵がある、c)Y2市はY3の使用者と同視しうるからその責任を負うべきであるなどと主張して、国家賠償に基づく損害賠償を請求したケースで、〔1〕については、誤った設計書の作成、提出につきY3の過失が認められるとして、請求が一部認容、〔2〕についても、Y3の使用者であるY1につき使用者責任が負うべくY3と連帯して損害賠償責任を負うとされたものの、Aの過失を六割五分として過失相殺され、〔3〕については、いずれの主張も理由がないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 民法709条
民法715条
民法415条
国家賠償法2条
労働基準法84条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 2001年12月5日
裁判所名 さいたま地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 1404 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例819号5頁
審級関係
評釈論文 中災防安全衛生関係裁判例研究会・働く人の安全と健康4巻3号88~93頁2003年3月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 被告会社は、本件事故のような悲惨な結果をもたらす危険を伴うガス工事を業とする者であり、被告Y3は、被告会社の責任技術者として、ガス工事の安全を図るべき重大な職責を担っていたというべきであり、ガス配管図の閲覧やガス工事設計書の作成に際しては、本管の種類を誤認して誤った設計書を作成しないよう、細心の注意を払うべき義務を負っていたということができる。しかるに、被告Y3は、上記のとおり、ガス配管図上、中圧管を低圧管と見誤るおそれは極めて小さいにもかかわらず、わずかな注意すら怠った結果、これを見誤り、「(中圧)」の記載までをも見落とし、誤った本件設計書を作成、提出したのであって、過失が認められることは明らかである。被告Y3は、中圧管よりも低圧管の方が設置数が多いと主張するが、ガス本管に穿孔するという工事の危険性を考慮すると、そのような事実が認められるからといって低圧管であると軽信することが許されないことはいうまでもなく、同主張のような事実があったからといって同被告の過失を否定することはできない。〔中略〕
 被告会社のガス工事は、ガス技能者の現場指示に基づいて実施され、ガス責任技術者である被告Y3は、穿孔作業が可能となった時点で現場のガス技能者から電話連絡を受けて現場に赴き、穿孔作業に立ち会うものとされていたことが認められ、本管穿孔に伴う危険は穿孔によって生じる可能性があるに止まるものであり、穿孔前の掘削作業等にガス責任技術者が立ち会わない場合に何らかの危険が生じたり、作業上の支障が生じることがあるとは認められないから、上記のようにすべきものとされていた被告会社の作業手順は相当なものということができる。したがって、被告Y3は、ガス技能者であるAらからの電話連絡を受けてから現場に赴いて穿孔作業に立ち会えば足りるのであって、穿孔前の作業の段階から常時立ち会うべき注意義務を負うとはいえない。被告Y3は、前記認定のとおり、穿孔が開始される前にAらから何らの連絡も受けていないから、穿孔作業に立ち会うことは事実上不可能であったものであり、原告らの上記主張は理由がない。
 (4) 小括
 以上のとおり、被告Y3は、誤った設計書を作成、提出した点において過失が認められるから(その他の原告ら主張の過失は認められない。)、これと相当因果関係のある損害について不法行為責任を負うことになる。〔中略〕
 被告会社は、被告Y3の使用者であり、被告Y3による本件設計書の作成、提出は、被告会社の事業の執行につきされたものと認められる。したがって、被告会社は、被告Y3の上記不法行為について、民法715条1項に基づく使用者責任を負うというべく、被告Y3と連帯して損害賠償義務を負うことになる。債務不履行責任については、使用者責任と選択的併合の関係にあるから、判断を示さないこととする。〔中略〕
 本件事故の原因は、被告Y3が誤った本件設計書を作成、提出したことにあるものの、Aが被告Y3及び被告市の職員の立会いを求めることなく穿孔作業を開始し、ガスの噴出という異常かつ危険な状態を認識しながら、あえて危険な作業を行ったことが認められるから、Aには、本件事故による損害の発生及びその拡大につき過失があるというべく、損害賠償額の算定につき、これを斟酌すべきところ、その過失の程度は被告Y3の過失に比してより重く、かつ、大きいというべきであり、その過失の割合は、被告Y3の過失を3割5分、Aの過失を6割5分とするのが相当である。〔中略〕
 Aは、本件事故がなければ、67歳までの32年間は労働に従事し、428万6340円の年収を得ることができたと認めるのが相当である。そこで、生活費を5割控除し、ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して、上記32年間の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、次のとおり、3386万7658円となる。
 (計算式)
 4,286,340×(1-0.5)×15.8026=33,867,658(1円未満切捨て)
 イ 慰謝料
 本件不法行為の内容、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、Aの死亡による慰謝料は1800万円が相当と認められる。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 原告らは、本件事故に関し、労働災害補償保険一時金(葬祭料)として63万5100円の保険給付を受けたこと、労災保険年金(福祉施設給付金を除く。)として94万4706円の支払を受けたことを自認している。そこで、これらの2分の1ずつを上記減額後の金額から控除すると、原告らに生じた弁護士費用を除く未てん補の損害賠償請求権の価額は、それぞれ989万6937円となる。
 (計算式)
 10,686,840-{(635,100÷2)+(944,706÷2)}=9,896,937