全 情 報

ID番号 07829
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 ヴァリグ日本支社事件
争点
事案概要  ブラジルに本店を有する航空会社Yの日本支社で貨物営業部長であったX1及び予約部次長であったX2が、Yでは路線縮小、海外支社の一部閉鎖等の合理化実施にもかかわらず資本金の額を超える累積損失額を抱えていたため、経営悪化の一要因である航空機リース料負担を改善するために、リース料改訂交渉において航空機リース会社から示された条件である人員削減を約束する「特別合意」(ただし、政府又は組合の規制により人員削減が禁止されている場合には他の手段により経費削減を達成することを許容されている)がなされていたところ、日本支社においても定年年齢の引下げとともに、早期退職勧告が行われたが応募者が一名にとどまっていたため、第一次的にX1を含む五三歳以上の幹部職員に対し、個別に退職勧告がなされたが、X1はこれに応じず(五名は承諾)、また第二次的にX2を含む五三歳未満の幹部職員に対して、退職勧告がなされたが(二名は承諾)、X2は退職する条件として再就職先の斡旋を申し入れたところ、X1及びX2はいずれも就業規則所定の「止むを得ない業務上の都合」を理由に解雇されたところから(なお、第三次的に業務成績が不良な一般従業員(組合員)を対象に退職勧告が実施され、また解雇通告の約四ヶ月前及び約七ヵ月後には全従業員の賃金につきベースアップが実行されている)、本件解雇は解雇権濫用にあたり無効であるとして、雇用契約上の地位の確認及び賃金支払を請求したケースで、本件解雇通告当時、全社的には人員削減の必要性が存在し就業規則所定の解雇事由が存在したことは一応肯定しうるものの、本件解雇は、退職勧奨・整理解雇の対象人員数、人選基準や解雇手続等を総合考慮すれば著しく不合理であって、社会的に相当とはいえず解雇権の濫用であり無効であるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 已ムコトヲ得サル事由(民法628条)
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 2001年12月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 6210 
裁判結果 一部認容、一部却下(控訴)
出典 労働判例817号5頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 ・労政時報3530号68~69頁2002年3月15日/山下昇・労働法律旬報1539号50~53頁2002年11月10日/八木良和・季刊労働者の権利245号30~34頁2002年7月
判決理由 〔解雇-解雇事由-已ムコトヲ得サル事由(民法628条)〕
 本件解雇は、被告の就業規則33条1号の「止むを得ない業務上の都合」を理由とするものと解されるところ、この事由による解雇は、もっぱら使用者の側における業務上の都合を理由とするものであり、解雇される労働者にとっては、何らの落ち度もないのに、一方的に収入を得る手段を奪われるものであって、労働者に重大な不利益をもたらすものである。したがって、一応は上記解雇事由に該当する場合であっても、解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できないときは、解雇は権利の濫用として無効になると解すべきであり、これは、使用者において人員削減の必要性があったかどうか、解雇を回避するための努力を尽くしたかどうか、被解雇者の選定に妥当性があったかどうか、解雇手続が相当であったかどうか等の観点から具体的事情を検討し、これを総合考慮の上で判断するのが相当である。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 〔1〕被告は、平成3年末時点で1億米ドルを超える累積損失を抱え、その後、路線縮小、海外支社の一部閉鎖、人員削減等の合理化に着手したものの、平成5年末の累積損失額は資本金の額を超える3億0388万3000米ドルにまで達していたこと、〔2〕当時の航空業界は、国際線の収益が平成3年以来低落傾向にあって厳しい経営環境にあったこと、〔3〕被告は、銀行団及びリース債権者から、経営再建に協力する条件として、人員削減を始めとする更なる経費削減の実施を要求され、〔中略〕少なくとも年間6840万米ドルの人件費を削減することを約束せざるを得なかったことが認められ、かかる事実関係の下においては、企業の合理的かつ健全な経営という見地からすれば、被告が経営再建の一環として人員削減を検討・実行したことそれ自体が不合理であるとはいえない。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 本件解雇の直近の会計年度(平成5年末時点)における被告の経営状態は、営業収益自体は黒字転換していたものの、多額の長期借入金利息や通貨の換算損など財務上の損失により多額の経常損失を計上し、累積損失も増加の一途を辿っていたから、当時の被告にとって、財政再建は緊急の課題であり、その一環として、全社的な経費削減について緊急の必要性があったことは否定できない。さらに、財政再建のための重要な課題とされたリース料改定交渉を合意に導くため、平成6年前半の時期、人員整理を中心とした更なる経費削減を迫られていた上、同年8月15日には、A社等との合意において、具体的人員削減を明記した「特別合意」をしたことも前記のとおりである。しかしその一方、被告は、〔中略〕人員削減を実施することを公表しながら、日本支社においては、〔中略〕本件解雇後の平成7年度においてもベースアップを実施しているのであって、被告において、日本支社の人員削減を実施することが緊急の課題であったかには疑問が残る。
 他方、被告日本支社が本件解雇に先立って採った措置をみると、一応は早期退職者募集とその勧奨を行っているが、平成6年8月16日に公表されたこの早期退職者募集は、募集人員も示されていない上、6か月分の給与の上乗せという早期退職の条件も、退職日である11月30日の5日後に支給される3.5か月分の賞与を受給できないことを考慮すると、実質は2.5か月分の上乗せにすぎず、当初から必要な応募者の確保を期待できないようなものに過ぎないともいえ、この応募者が1名に止まったことが判明するや、直ちに、原告X1を含む幹部職員に対し同一条件による退職勧告を個別に行い、同月19日にはこれに応じない原告X1に解雇を通告していること、〔中略〕からすると、被告が原告らの解雇を避けるため必要な努力を尽くしたというには疑問があり、そもそも、被告において原告らの解雇を回避しようとする意思があったのかすら疑いを抱かざるを得ない。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準・被解雇者選定の合理性〕
 被解雇者を選定するにあたり、一定の年齢以上の者とする基準は、一般的には、使用者の恣意が介在する余地がないという点で公平性が担保され、また、年功序列賃金体系を採る企業〔中略〕においては、一定額の経費を削減するための解雇人員が相対的に少なくて済むという点においてそれなりに合理性があるといえないではない。しかし、本件において基準とされた53歳という年齢は、定年年齢まで7年間〔中略〕もの期間が残存し、残存期間における賃金に対する被用者の期待も軽視できないものである上、我が国の労働市場の実情からすれば再就職が事実上非常に困難な年齢であるといえるから、本件の事実関係の下においては、早期退職の代償となるべき経済的利益や再就職支援なしに上記年齢を解雇基準とすることは、解雇後の被用者及びその家族の生活に対する配慮を欠く結果になる〔中略〕。加えて、被告日本支社では、53歳以上の者であっても、一般従業員は対象とせず、幹部職員のみを解雇の対象としているところ、原告らの担当する幹部職員としての業務が、高齢になるほど業績の低下する業務であることを認めるに足りる証拠はないことからすると、幹部職員で53歳以上の者という基準は必ずしも合理的とはいえない面がある。〔中略〕
 被告は、まず非組合員を対象に、一部の者を除外して、順次退職勧奨・整理解雇を行ったともいえるのであり、他方、組合員に対しては、勤務成績不良を理由に解雇対象となった6名を除き、本件解雇の翌年もベースアップを実施し、また平成6年度春闘で53歳昇給停止の解除を約束するなど優遇する対応を取っているのであって、この処遇格差は、非組合員が日本支社の幹部職員であることのみをもっては合理的と評価することはできず、以上のような本件の事実関係の下では、被告の退職勧奨・整理解雇の対象の人選は全体として著しく不合理であるといわざるを得ない。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
 〔中略〕解雇手続の相当性を判断するに当たっては、使用者が労働者に対し、解雇の必要性について誠実な説明をしたか否かをその一要素として考慮すべきところ、〔中略〕ロス支社長が人員削減の必要性に初めて言及したのが平成5(ママ)年6月1日(本件解雇通告の約3か月前)であり、しかも、同日から本件解雇通告に至るまで、被告は人員削減の規模や退職勧奨・整理解雇の基準を終始明確にしなかったのであるから、被告の本件解雇通告を含む整理解雇についての説明は、退職勧奨または整理解雇の対象となった職員の理解を得るに足りる誠実なものであったとはいえない。〔中略〕
〔解雇-解雇権の濫用〕
 本件解雇通告当時、被告においては、企業の合理的な運営の見地からすれば全社的には人員削減の必要性が存在し、一般抽象的には被告日本支社もその例外ではないといえるから、就業規則33条1号の事由が存在したことは一応肯定し得るものの、その人員削減の手段として行われた本件解雇は、退職勧奨・整理解雇の対象人員数、人選基準や解雇手続等を総合考慮すれば著しく不合理であって、社会的に相当とはいえないから、解雇権の濫用であり、無効というべきである。