全 情 報

ID番号 07848
事件名 休業補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 東都春陽堂平?労働基準監督署長事件
争点
事案概要  新聞、雑誌等の委託販売を業とする会社に勤務し、仕分け、梱包、配達、集金等の業務に従事していたX(当時三一歳、WPW症候群(先天的な心臓疾患)という基礎疾患を有していた)が、新営業所に異動して一ヶ月もたたない平成元年四月二八日に会社から帰宅して食事を開始したところ、突然意識を失い、無酸素脳症による植物状態に陥ったことから、平塚労働基準監督署長Yに対し、本件疾病は業務に起因するものであるとして休業補償給付等の支給請求をしたが、不支給処分がなされたことから、右処分の取消しを請求したケースで、Xが本件疾病を発症した月において、Xは新営業所の開設準備のため従前いた営業所の昼間の通常業務をこなしながら新営業所との間を往復する変則的な業務に従事していたうえ、新営業所開設に伴う異動後も、会社都合による人手不足から、昼間の通常業務に加えて、X自身あるいは他の従業員も行ったことがないような六日間連続の朝刊業務に従事し、それによる肉体的疲労の相当部分が回復されないまま、死亡三日前も通常業務の合間を縫って得意先への挨拶周り及び集金業務という新規業務に従事し、疲労困憊の状態にあったとしたうえで、Xの本件疾病の発症については、一般人に比較して重症不整脈を生じる可能性が高いWPW症候群というXの基礎疾病の存在を前提としても、具体的な状況の下においては、同人が従事していた本件会社における業務が著しい疲労をもたらす性分のものであり、Xがかかる業務を継続した結果、過度に疲労が蓄積されたものと認められる事情が存在する一方で他にXについて本件発症についての個別的因子も特に見当たらないことから、右業務がXの基礎疾患の自然の経過を超えて急激に増悪させ、その結果、本件発症に至ったものとみるのが相当であり本件疾病は労働基準法施行規則三五条別表第一の二第九号にいう業務に起因することの明らかな疾病に該当するとして、本件処分が取り消されXの請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法76条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 2000年8月31日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (行ウ) 26 
裁判結果 認容(控訴後棄却、確定)
出典 タイムズ1102号166頁
審級関係 控訴審/07893/東京高/平13.12.20/平成12年(行コ)274号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 原告は、二三日に一日の休暇を取った後に、二四日以降毎日通常業務に就き、二五日、二七日には朝刊業務を行っており、原告の本件疾病発症前一週間の業務量は、休日明けの五日間で朝刊業務が二日であって、これは日常業務を少し上回る程度の業務量である。しかし、右日常業務自体が早朝・深夜業務を含む過重なものである上に、二五日から、通常業務の合間を縫って、Aとともに、得意先への挨拶廻り及び集金業務という新規業務を開始したのであって、二二日までの集中的な朝刊業務従事による肉体的疲労の相当部分が回復されないまま、疲労が蓄積されたものと推認される。〔中略〕
 原告は二五日以降毎日、挨拶廻り及び集金業務を行い、二七日木曜日の朝刊業務に就いたのであるから、原告の疲労の程度はさらに増していったことは容易に推認し得る。そのような状況のまま、二八日にいたり、原告は、Aと待ち合わせて挨拶廻り及び集金をすることになっていたところ、仕事の都合からAが待ち合わせに約三〇分遅れて到着したとき、原告が具合が悪くなって、自ら乗ってきた社用車で休んでおり、Aに対し、体の具合が悪いと訴えたものの、自ら大丈夫だと述べて挨拶廻りと集金業務を続けた。しかも、営業所に帰ってからも精算業務を行ったというのである。このような状態にあっては、原告はまさに疲労困憊の状態だったと認めることができる。〔中略〕
 2に説示した原告の身体の状態に、二、三に認定した原告の基礎疾患やストレスの影響を当てはめれば、原告に、古典的な顕性WPW症候群という基礎疾患を有していたところ、右の摘示の四月二二日までの集中的な深夜労働を伴う過重な業務が続いたことによる極度の肉体的疲労及び新設営業所への異動等精神的疲労による強いストレスを受け、カテコールアミンの分泌が起こり、心拍数増加、血圧上昇のほか、自律神経のバランスが崩れ、交感神経、副交感神経の調節機能が低下したことにより、カテコールアミンの分泌がさらに増えたと推認することができ、心房性、心室性の期外収縮の機会が著しく増え、副伝導路の不応期短縮、心室筋の電気的不安定性の高騰が生じ、時折房室回帰性頻拍又は心房細動を生じるに至ったと推認される。〔中略〕
 原告の本件疾病の発症については、一般人に比較して期外収縮、心房細動の機会が多く、重症不整脈を生じる可能性が高いWPW症候群という原告の基礎疾患の存在を前提としても、本件の具体的な状況の下においては、同人が従事していた本件会社における業務が著しい疲労をもたらす性状のものであり、同人がかかる業務を継続した結果、過度に疲労が蓄積されたものと認められるような事情が存在する一方で、他に原告について心室細動を生じさせる個別的な因子も特に見当たらないことから、右業務が原告の基礎疾患の自然の経過を超えて急激に増悪させ、その結果本件発症に至ったものとみるのが相当である。
 したがって、原告の本件疾病の発症は、原告が担当した職務が過重であったこととの間に相当因果関係があり、職務に起因するものというべきである。