全 情 報

ID番号 07877
事件名 未払給与等請求事件
いわゆる事件名 九州運送事件
争点
事案概要  貨物自動車運送事業を営むY社の従業員であるXらが、労働基準法の改正により一週間の所定労働時間が四〇時間に短縮されたことに伴い、平成一一年三月一六日から実施された新しい就業規則で、Xらの同意なく賃金規程を変更して、基本給をそれまでの二八〇分の二六〇に減額したことが無効であるとして、Xらが、従前の賃金規程による賃金と改定後の賃金との差額及びそれに対する遅延損害金を請求し、併せてXらのうち四名が、Xらの基本給は従前の賃金規程による金額であることの確認を求めたケースで、賃金規程の改定による基本給の減額を労働者に法的に受忍させることを許容する高度の必要性があった等として、その請求がいずれも棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条2号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2001年10月1日
裁判所名 大分地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 336 
平成13年 (ワ) 189 
裁判結果 棄却(控訴(336号))
出典 労働判例837号76頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 賃金は、労働時間と並ぶ重要な労働条件であり、その減額は直ちに労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであるところ、労働時間短縮と賃金の引き下げは法的に一体不可分な関係にあるとはいえず、個別に実施し得るものであることに鑑みると、労働時間の短縮と同時に賃金の減額が行われた場合でも、これらの労働条件の変更を総合して労働者にとって不利益か否かを判断すべきではなく、それぞれ独立した労働条件として、別個にその労働条件の変更が労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件を課すものであるかどうかを検討すべきである。賃金の減額が労働時間の短縮に伴って行われたことは、変更に合理性があるかどうかを判断するにあたって考慮される要素に過ぎない。
 本件においては、賃金規程の改定によって労働者の基本給が減額されており、その減額率も260/280で、証拠(<証拠略>)によれば、1か月の賃金額にして約1万2000円から約1万7000円の差額が生じるほどの減額であるから、不利益な労働条件を課すものであることは明らかである。たとえ、時間当たりの労働の単価が上昇していようとも、労働者が手にする賃金月額が減る結果となるのであれば、それは労働者にとって実質的に不利益であるというべきであって、本件賃金規程の改定は、労働条件の不利益変更に当たる。〔中略〕
 原告らの多くが従事している自車便による運送事業は従前から赤字であり、本件賃金規程の改定当時、被告は、全体としても赤字経営を続けていて、直ぐには黒字への転換が望めない状況にあって、週40時間労働制実施に伴う労務費の実質的上昇による負担を吸収できる余裕はなく、同負担はそのまま赤字拡大に繋がる状況にあったから、本件賃金規程の改定による基本給の減額を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性があったと認められる。〔中略〕
 そもそも賃金は労働の対価として支払われるものであることからすると、所定労働時間が短縮するなどして労働量が減少する場合は、これに対応して減少する性質を本来的に有しており、このような賃金の本来的性質は、労働時間の短縮に伴って賃金を減少させることの合理性を判断する上で積極的要素になるというべきであって、このことは、実際に稼働した労働時間とは直接関連なく賃金が支給される月給制を採用している場合でも同様である。
 したがって、使用者側としては、週40時間労働制導入に伴う労務費の実質的上昇を吸収できる余裕がある場合は、同制度の趣旨に照らして、賃金減少を伴わずに週40時間労働制を導入すべきことになろうが、使用者側にそれだけの余裕がなく、それが困難な場合は、まず、労使が協力して業務の改善、合理化を図って、時間当たりの生産性を高め、所定労働時間の短縮に伴う収益の減少を防止する努力をすべきであって、上記業務の改善、合理化が不可能な場合やこれに労働者側が非協力な場合は、賃金を減額することも許容され得るというべきである。もっとも、このような場合であっても、週40時間労働制導入に伴う労働条件の変更については、その趣旨に照らして本来労使間の話し合いで解決すべきものである(労働基準法2条1項参照)から、使用者側が、労使交渉を一切試みることなく、一方的に就業規則の変更によって賃金の減額を行うべきではなく、まず、業務の改善、合理化の方向で労働者側と交渉を行い、これによる解決ができなかった場合にはじめて、就業規則の変更による賃金の減額を行うことが許容されるべきであり、その減額の程度も、当然のことながら、時間当たりの賃金額が従前よりも減少しないようにすべきである。〔中略〕
 原告らの多くが従事している自車便による運送事業は従前から赤字であり、しかも、本件賃金規程の改定当時、被告は、会社全体としても年間数億円の赤字を計上する状況にあって、直ぐには経営状態の改善が見込まれない状況にあったことに鑑みれば、週40時間労働制導入による労働時間の短縮に伴って、その労働時間の短縮率を超えない範囲で従業員の基本給を減額することは、従業員らが他方で労働時間の短縮という大きな利益を得ていることや退職金については従来どおりの支給基準で支給されるので労働者の不利益の程度はその点で一部緩和されていることをも考慮すれば、基本給の減額に伴って時間外手当、深夜勤務手当、休日出勤手当や賞与も減額計算されることや、組合員180名が本件賃金規程の改定無効を主張する本件訴訟の原告となっていること等を考慮しても、改定内容として十分合理性を有するものと認められる。
 また、本件賃金規程の改定に至る経緯をみても、数年前から週40時間労働制実施を前提とした賃金改定のための協議が持たれていたことや、運転手の諸手当を切り下げて自車便の運行回数を増加させる生産性向上の措置により賃金総額の減額を回避する具体的な提案が被告から出されていたことを考慮すれば、基本給の減額自体について提案されたのが、実際に賃金規程を改定する直前だったとしても、被告は基本給減額を回避するための真摯な交渉をする努力は尽くしたということができ、前記認定の労使交渉の経緯に照らしても本件賃金規程の改定には合理性が認められる。