全 情 報

ID番号 07892
事件名 損害賠償請求事件(3851号、2022号、4381号、2104号、235号、288号)
いわゆる事件名 三井三池炭鉱事件(じん肺第一審)
争点
事案概要  炭鉱で就労していたX(同炭鉱を経営していたY1・Y2及びその下請会社もしくはその孫請企業の元従業員一四九名の本人又はその相続人)らが、同炭鉱経営者のY1及びY2(昭和四八年に設立され、同年にY1から石炭部門の営業譲渡を受けた)に対し、同炭鉱で就労したことによりじん肺に罹患し精神的損害を被ったと主張して、Y1・Y2に対し、安全配慮義務の不履行を理由として、慰謝料及び弁護士費用及び遅延損害金の支払を請求したケース。; 〔1〕炭鉱においてじん肺防止のための諸種の対策を総合的に講じなければならないとの考え方がY1・Y2は昭和一〇年頃までには一般的なものとなっていたのであり、同年頃以降は、その使用する労働者を炭鉱内で労働させることによって労働者にじん肺という生命、身体に対する侵害の結果が発生することを予見することができ、かつその侵害を回避するための方法についても知ることができたのであるから、Y1・Y2は、安全配慮義務としてじん肺防止対策義務を負っていたものというべきであり(具体的にはその当時の一般的な知見や実用可能な技術水準に従って、散水、防じんマスクの支給等)、又下請企業等が雇用する労働者に対してもY1・Y2が直接雇用する労働者に対して負っていたのと実質的に同一内容の安全配慮義務を下請企業等の労働者に対しても負っていたとしたうえで、〔2〕Y1・Y2は、じん肺防止対策の義務を負っていた昭和一〇年頃から炭鉱を閉山した平成九年三月末までの期間全体を通じて、同義務について、総じて、それぞれ自らから又は履行補助者をして十分に尽くしたとは認めることができないから、Y1・Y2には元従業員らに対する安全配慮義務の不履行があるというべきであり、昭和四八年の営業譲渡以前の安全配慮義務不履行についてはY1に、それ以降の不履行についてはY2にそれぞれ責任があり、Y1・Y2は、それぞれその不履行によって元従業員らに生じた損害を賠償する義務を負うべきであるところ、〔3〕Y1又はY2の一方において最低二年以上の粉じん職歴がある元従業員については、特段の事情がうかがえない限り、安全配慮義務違反とじん肺の発生・進行との間の因果関係を肯定でき、逆に二年未満のものについて右因果関係を認めるためには、じん肺に罹患するほどの作業環境が劣悪で多量の粉じんを吸入したなどの特段の事情が立証されるべきであり、またY1及びY2双方で最低二年以上の粉じん職歴がある元従業員については民法七一九条一項後段の類推適用により、原則としてY1、Y2の連帯責任とされ、A炭鉱以外における粉じん職歴を有する場合でも、Y1又はY2において最低二年以上の粉じん職歴がある場合も、Y1又はY2は同類推適用により、原則として責任を免れないとして(なお、消滅時効の起算時については、じん肺法所定の管理区分についての行政上の決定を受けたときから進行するとしたうえで、じん肺を原因とする死亡の場合はその死亡の時から進行する)、結局、Xらの一部の者につきY1及びY2に対し約一五億九六〇〇万円及び遅延損害金の支払が命じられてXらの請求が一部認容された事例。
参照法条 民法415条
民法719条1項
民法166条1項
民法145条
民法1条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2001年12月18日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 3851 
平成6年 (ワ) 2022 
平成6年 (ワ) 4381 
平成8年 (ワ) 2104 
平成10年 (ワ) 235 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴(後取下、確定))
出典 タイムズ1107号92頁/第一法規A
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 1 安全配慮義務
 雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である。
 ところで、使用者が労働者に対して負う安全配慮義務の具体的内容は、労働者に生じる可能性のある危険の内容を基礎として、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の安全配慮義務が問題となる当該具体的状況によって異なるべきものである。そして、本件は、原告らが、元従業員らが炭鉱における作業中に吸入した粉じんによりじん肺に罹患したことを主張している事案であるから、被告らがその労働者に対して負っていた安全配慮義務の内容を決するためには、前記のような炭鉱とそこにおける各種作業の概要及び疾病としてのじん肺の概要に加えて、炭鉱における粉じんの状況を考慮する必要がある。さらに、本件において原告らが主張している炭鉱就労は、大正一四年から平成九年という長い期間に及んでいることも考えると、じん肺に関する医学的、産業衛生学的知見の推移、じん肺防止のための粉じん防止その他の対策の実情及びその効果、関係法令の制定改正の経過、ならびに被告らのじん肺患者発生の具体的認識の状況についても、予見可能性及び回避可能性を基礎づける事情として、総合的に考慮する必要がある。〔中略〕
 下請企業又はその孫請企業が雇用する労働者が、下請企業に対する注文企業の作業場所において労務の提供をするにあたり、注文企業の管理する設備、器具等を用い、事実上注文企業の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も注文企業が直接雇用する従業員とほとんど同じであったという場合には、注文企業は、下請企業等の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったものであり、信義則上、下請企業等の労働者に対し安全配慮義務を負うというべきである。〔中略〕
 一般に、いわゆる親子会社の場合に、労働者が法形式としては子会社と雇用契約を締結しており、親会社とは直接の雇用契約関係になくとも、親会社、子会社の支配従属関係を媒介として、事実上、親会社から労務提供の場所、設備、器具類の提供を受け、かつ親会社から直接指揮監督を受け、子会社が組織的、外形的に親会社の一部門のごとき密接な関係を有し、子会社の業務については両者が共同してその安全管理にあたり、子会社の労働者の安全確保のためには親会社の協力及び指揮監督が不可欠と考えられ、実質上子会社の被用者たる労働者と親会社との間に、使用者、被用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合には、親会社は子会社の被用者たる労働者に対しても、信義則上、この労働関係の付随義務として子会社の安全配慮義務と同一内容の義務を負担するものと解すべきである。〔中略〕
 雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され、この一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、上記損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。〔中略〕
 じん肺を原因とする死亡に基づく損害についても、管理2ないし管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害とは質的に異なるといわざるをえず、じん肺を原因とする死亡に基づく損害はその死亡の時に発生し、その死亡による損害賠償請求権の消滅時効は、その死亡の時から進行すると解するのが相当である。