全 情 報

ID番号 07911
事件名 各未払賃金支払等請求事件
いわゆる事件名 鞆鉄道事件
争点
事案概要  観光バス事業を営む会社Yではユニオンショップ制で私鉄中国地方労働組合A支部が組織されており、それに加入している組合員X1、X2、X3ら三名が、Yでは乗合部門の乗客減少による減収、貸切部門の規制緩和と低額破壊的風潮による減収等を理由に、〔1〕五五歳の賃金を二〇パーセント減額、五七歳以上の賃金を三〇パーセント減額する旨の労働条件の改悪が組合に提案されたが、組合が反対していたところ、その後、四五歳以上の希望者に退職割増金をつけることを条件に希望退職を募ること、賃金は五六歳から三〇パーセントカットすることを認める本件労働協約を締結すると同時に、生活保障のためという理由で退職金を五六歳から毎年七分の一ずつ支払うこと(代償措置)も協定されたが、本件協約はX1、X2、X3らの受ける不利益が極めて大きいものであり年齢による差別である等合理的理由を欠くものとして無効として、差額賃金を請求したケースで、本件協約が、Yの従業員を代表する組合を一方当事者として締結されたとしても、これをもって直ちにその規範的効力がX1、X2、X3らに及ぶと解するのは相当ではなく、むしろ、本件協約は、その内容事態が不合理でこれを正当化する理由に乏しく、かつこのような重大な内容であるのに、これに見合った手続的正当性も不十分であるというべきであり、本件協約の規範的効力をX1、X2、X3らに及ぼす根拠はないとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法3章
労働組合法16条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 2002年2月15日
裁判所名 広島地福山支
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 330 
平成13年 (ワ) 85 
平成13年 (ワ) 221 
裁判結果 一部認容、一部棄却、一部却下(控訴)
出典 労働判例825号66頁/労経速報1818号3頁
審級関係
評釈論文 木山潔・労働法律旬報1527号28~31頁2002年5月10日
判決理由 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 本件は、労働協約に基づく労働契約内容の不利益変更に関する事案であるが、労働協約は、就業規則と異なり、労働組合との間で、交渉、妥結した結果であるから、原則として規範的効力を有すると解するべきである。しかしながら、その内容が特定の者に著しい不利益を与え、これを甘受させることが、内容的にも、手続的にも著しく不合理である場合には、その規範的効力を否定すべきと解される。
 2 そこで、本件協約の内容を検討するに、上記争いのない事実記載のとおり、本件協約は、56歳に達し、かつ希望退職に応募しなかった被告従業員に対し、一律に基本給の30%を減額する内容であり、これによる原告らの賃金減額は、別紙計算書記載のとおり、基本給だけ見ても、原告X3は従前39万0680円であったのが27万3480円となり、月額にして11万7200円もの減額となり、被告に入社した年齢が比較的高かった原告X1にしても、平成10年6月時点でみると、本来29万4500円であるはずが20万6150円となり、月額にして8万8350円の減額となり、原告X2は、従前34万0400円であったのが23万8280円となり、56歳に達したとの一事をもって月額10万2120円の減額となっているのであって、別紙計算書に記載のとおり、具体的金額を挙示すると、原告らが本件協約によって受ける経済的打撃が尋常でないことは一目瞭然である。
 さらに、前記争いがない事実記載のとおり、被告の賃金体系では、各種手当も基本給を基準に支給される場合が多く、これによる減額状況は別紙計算書記載のとおりであること、基本給は失業保険や厚生年金等の受給内容に直接的に影響するものであることは明らかであること、原告らの提供する労働力の内容は、いずれもバス運転手という比較的定型的で単純な内容であるところ、証拠(〈証拠略〉、原告X3及び同X1、被告代表者)によれば、原告らの労働力提供の内容は、いずれも本件協約締結前後又は56歳に達する前後で特段の変化はないこと、被告は年功序列賃金体系であり(実質的に争いがない。)、このような賃金体系の場合、比較的若年の場合賃金が安く押さえられ、年功の蓄積によって順次賃金が上昇することは一般的理解であり、労働者としては勤続年数を経過することによる賃金上昇への期待があり、これは法的にも一定の保護を受ける必要が高いというべきこと等の事情をも総合考慮すると、本件協約の適用を受ける者にとって、被るべき不利益を甘受すべきとはとてもいい難い。〔中略〕
 本件協約による賃金減額は、その内容において、56歳に達した者にこれを甘受すべきとは到底言い難いところ、さらに、証拠(〈証拠略〉、原告X3及び同X1)によれば、本件協約の締結に当たって、交渉経過の報告は各組合員になされていたものの、主として組合の執行部が交渉に当たり、執行部の権限で妥結に至ったことが認められ、交渉及び妥結の過程において、組合大会が開かれたり、56歳以上の者の意見を個別に聴取するなど、本件協約の規範的効力を56歳以上の者に及ぼすこともやむを得ないような手続的背景はなかったと推認できる。〔中略〕
 本件協約が、被告の従業員を代表する組合を一方当事者として締結されたとしても、これをもって直ちにその規範的効力が原告らに及ぶと解するのは相当ではなく、むしろ、本件協約は、その内容自体が不合理でこれを正当化する理由に乏しく、かつこのような重大な内容であるのに、これに見合った手続的正当性も不十分であるというべきであって、本件協約の規範的効力を原告らに及ぼす根拠はないというべきである。