全 情 報

ID番号 07912
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 みくまの農協(新宮農協)事件
争点
事案概要  旧組合の給油所の所長として勤務し、約一一年前に転勤命令に難色を示し「抑うつ状態が中心であり、合併症として糖尿病が存在した」との診断を受け、数か月にわたって抗うつ剤などの投与を受けていたAは、台風により給油所が浸水し、機械類の破損、帳簿等の汚損のため通常の業務ができず、四日間の休業をせざるをえなかったところ、その間、他の従業員とともに建物清掃等に従事し、営業再開の前日からは朝晩書類の仕事をするようになったが、台風に対する対処のまずさについて思い悩み、その後、現在の錯乱した精神状態では職務は不可能である等の内容が記載された「辞表」と題する書面を書いたり、損害は保険で補填されるとの説明がなされたにもかかわらず、その点を何度も心配したりするなどしていたが、その後自殺したため(なお台風から約四日後にはAはうつ病に罹患していた、台風による被害を過大に考え、自責の念が高度であったと精神科医は診断している)、Aの遺族Xらが使用者たるY農協に対し、安全配慮義務違反による損害賠償を請求したケースで、Aの自殺と業務遂行との間には因果関係が認められるとしたうえで、使用者としては、通常業務に加えて復旧作業に従事する本件給油所職員、とりわけ所長という立場に対するAに対しては、通常以上にその健康状態、精神状態等に留意して、過度な負担をかけ心身に変調を来して自殺することがないように注意すべき義務を有していたというべきであるが、Yには安全配慮義務違反ないし不法行為上の過失があるとして請求が一部認容された(なお、Aの側にも素因があり、家族としても旧組合に連絡等をなすべきであったのにそれをなしていない等の過失があったとして、損害につき七割の過失相殺がなされた)事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2002年2月19日
裁判所名 和歌山地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 417 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 タイムズ1098号189頁/労働判例826号67頁
審級関係
評釈論文 西村健一郎・民商法雑誌128巻2号95~104頁2003年5月/中災防安全衛生関係裁判判例研究会・働く人の安全と健康4巻1号34~39頁2003年1月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 亡Aの精神状態が不安定になったのが台風後であり、また、本件全証拠によるも他に自殺を考えるような原因が一切窺われないことからすると、前記前提事実のとおり、亡Aは,昭和61年に転勤のことを思い悩んで4か月ほど病欠したことがあり、思い悩む性格の持ち主であったと考えられること、およそ自殺の原因を当人以外の傍から正確に窺い知ることが困難であることを考慮しても、亡Aは、台風に対する対処のまずさなどを思い悩んで上記精神疾患に罹患した末に自殺したものと認めるのが相当であって、亡Aの自殺と業務遂行との間には因果関係が認められるというべきである。〔中略〕
 使用者は、その雇用する従業員に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身を損なうことがないよう注意する義務を負い、その義務違反は、雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)に該当するとともに、不法行為上の過失をも構成するというべきである。
 本件給油所は、台風による浸水被害を受けたことにより、通常業務に加えて、その復旧作業を要する事態に至ったのであるから、使用者である旧組合としては、通常業務に加えて復旧作業に従事する本件給油所職員、とりわけ、所長という責任ある立場にあった亡Aに対して、通常時以上に、その健康状態、精神状態等に留意し、過度な負担をかけ心身に変調を来して自殺をすることがないように注意すべき義務を有していたといわなければならない。しかるに、上司として亡Aに対し指揮監督命令をなしうる立場にあったBらにおいては、亡Aが、台風後の処置の中で既に処理の目途が立った損害について思い悩み、Bらに対して、蒸し返すように同じ趣旨の発言を繰り返していたことなどからすると、亡Aの異変を認識しうる可能性を有していたにもかかわらず、旧組合は、浸水被害を受けた日の翌日から4日間通常業務を休業することとして(うち1日は日曜日であって、浸水被害にかかわらず休業する日であった。)、その間、旧組合本所等から応援の者を派遣して清掃等を手伝わせたに止まり、亡Aを筆頭とする本件給油所従業員にその後の復旧作業を委ねた結果、上記2のとおり、亡Aを自殺させるに至ったものであるから、旧組合には安全配慮義務違反及び不法行為上の過失が認められる。〔中略〕
 前記認定判断のとおり、旧組合には安全配慮義務違反及び不法行為上の過失が認められるものの、台風襲来から亡Aの自殺までが1月足らずという比較的短い期間であったこともあって、Bらは、実際にはその異変に対して直ちに何らかの対処を要するとは考えておらず、また、およそ通常人であれば誰しもが直ちに対処を要する事態であることを容易に認識することができるほどの認識可能性があったとまではいえない(〔1〕)。
 他方、亡Aの損害については、同人の自殺が前記のとおり同人の素因(精神疾患)に主たる原因がある。また、亡Aの家族である原告らの損害については、上記同様のほか、原告らは、自らの手によって亡Aの勤務環境を改善し得る立場にあったとは認められないものの、亡Aの家族として同人の症状に気付いて対処すべきであり、また、前記前提事実のとおり、昭和61年当時、旧組合が従業員である亡Aの勤務環境に対して相当な配慮をなしていたことからみると、亡Aが精神疾患に罹患したと認められる8月ころにおいても、亡Aの異変に気付いた家族の者から、その旨連絡がなされれば、旧組合において相応の対処がなされたものと考えられる。(〔2〕)
 上記〔1〕と〔2〕を比較考量すると、亡Aの損害及び原告ら固有の損害のいずれにおいても、その損害を算定するに当たり、過失相殺ないし同類似の法理により、亡A及び原告らに生じた各損害の7割を減額するのが相当である。