全 情 報

ID番号 07937
事件名 懲戒処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 日本経済新聞社(記者HP)事件
争点
事案概要  新聞発行を業とするYで記者Xが、自らのホームページ(HP)上において報道現場における疑問点について論じた文章を公開していたが、そこにはXが事実と異なる取材相手の名前を適当に考えて報告したことによりYの新聞に虚偽の記事が掲載されたとの記述や夕刊の締切時間を明らかにする記述等が含まれていたところ、このことを知った上司Aから記者の倫理やYの編集方針に反する部分等があるとして右HPを閉鎖するよう指摘を受けたため、HPに関する社内基準の作成を要請したうえでこれに応じたが、右基準の作成がなされなかったことからHPを再開するとともにYが社外秘としている事実やYを批判する文章等を公開したところ、この再開を知ったAから再度HPの閉鎖を求められ、またYからは事業聴取を経て上申書と顛末書の提出を指示され、HPを閉鎖したが、その後一四日の出勤停止処分及び資料部への配転が命じられたことから(結局Yを依願退職している)、Yに対し、出勤停止処分等を違法、無効として、その無効確認、不支給賃金等支払、及び不法行為に基づく損害賠償の支払を請求したケースで、懲戒処分の無効確認を求める訴えの利益を肯定したうえで、Xの行為は就業規則に規定する懲戒処分事由に該当するとして本件懲戒処分は有効であるとし、配転命令についても就業規則や慣行に則って必要性に応じてなされたものであり、右配転命令が濫用ないし違法なものとはいえないとして、Xの請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の根拠
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 守秘義務違反
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 風紀紊乱
裁判年月日 2002年3月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 5474 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例827号91頁/労経速報1808号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の根拠〕
 被告は、企業の存立と事業の円滑な運営を維持するために、必要な諸事項を一般的に規則で定め、あるいは労働者に対して特定の行為を具体的に命じることができ、もし、実際に企業秩序遵守義務に違反する行為が行われた場合には、違反行為をした労働者に対して、その内容・態様・程度等に応じて懲戒処分を行うことができるものである。そして、このような根拠に基づいて認められる労働者に対する懲戒権の行使は、企業の秩序維持に必要な範囲で行うことができるものであるというべきであるから、企業の秩序維持とは何らの関連性を有しない労働者の個人的な行為を対象として、懲戒権を行使することは許されないものと解されるが、労働者の私生活上の行為であっても、その行為が労働者の企業における職務に密接に関連するなど、企業秩序維持の観点から許されない行為と認められる場合には、なお企業秩序遵守義務に違反する行為として懲戒処分の対象とすることができるというべきである。このことは、仮に、懲戒処分の対象となる労働者の行為が憲法上保障される場合であっても、憲法上の権利保障は労働者と企業との間の労働契約関係を直接に規律する効力を有するものとは認められないうえ、企業秩序維持の観点からこのような行為を懲戒処分の対象とすることが当然に公序良俗に反する許されないものとも解されないことから、同様に懲戒処分の対象とすることが許されるものというべきである。
 そこで、以上を前提に検討するに、前記1の(1)で認定したとおり、原告は、不特定多数の者がその内容を知りうる可能性のあるHP上に、自らが被告の新聞記者であることを明らかにした上で、被告の従業員として、あるいは被告の記者として活動する中で知り得た事実や体験を題材として作成した文書を掲載していたもので、このような行為は原告の被告における職務と密接に関連するものであると認められるから、このようにして作成された原告のHP上の文書の内容や、このようなHPをインターネット上に置いた原告の行為が、企業秩序維持の観点から、就業規則に違反する懲戒処分事由に該当すると認められる場合において、被告が、原告に対して、懲戒処分を行うことは許されるというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
 原告は、〔中略〕被告が公にしてはならないとしている機密をHP上に掲載して公開したものというべきであるから、就業規則33条2号に違反したものと認められる。
 この点について原告は、前記a及びbの各事実は社外秘にするほどの重要な事実ではなく、「機密」には該当しないもので、一般にも知られているものである旨を主張する。しかし、就業規則33条2号の「機密」とは、重要な秘密に属する事実をいうと解されるが、前記a及びbの各事実については、被告が、重要な秘密に属するものと判断して「社外秘」とし、あるいは被告のような新聞業界においては、重要な秘密に属する事項として扱われる事実であると認められ、仮に、被告の従業員以外の者の中でこれらの事実を知っている者がいたとしても、このことから直ちに同号にいう「機密」性が失われるものではないというべきである。そして、前記a及びbの事実が一般に知られている事実であるとは認められない上、被告がこれらの事実を「社外秘」として扱っていることには一応の合理性が認められるのであるから、原告は、被告がこれらの事実を「社外秘」として扱っていることを認識しながら敢えてHP上で公開したものであって、これらの行為が就業規則に違反するものとして懲戒処分の対象とされることは当然のことというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-風紀紊乱〕
 「悪魔との契約1」記載部分及び「悪魔との契約4」記載部分によれば、被告の記者である原告は、不特定多数の者がその内容を知り得るHP上において、被告が「天然記念物級の古く汚れた組織」であり、「前科の固まりのような組織なので、私は本当に殺されかねない」、「この腐った組織を徹底的に打ちのめしてやる。潰してやる。そして、権力を握り、最終的な目的を到達してやるのだ。」、被告は「屍姦症的性格を帯びた邪悪な企業」であるなどと記載しているところであり、これらの記載は、その不穏当な表現から、被告の外部の者だけではなく内部の者に対しても、被告は社会的に悪とされるべき行為を繰り返し行ってきている企業であるという印象を与えるものである上、このような内容の文書が公開され続けることによって被告の秩序風紀を乱す結果を招きかねないものであると認められる。