全 情 報

ID番号 08002
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 鐘淵化学工業(東北営業所)事件
争点
事案概要  合成樹脂の製造及び販売等を業し、東京・大阪に本社、国内外にグループ事業会社を有する会社Y(従業員数三二八三名)に当時Yが東北地区に唯一有していた建材事業部東北営業所に採用され、八年にわたりA社(Yの出資した会社)に出向した後、東北営業所に戻ってからは経理、庶務のほかA社の経理、総務の仕事に携ってきた女性従業員であるXが、Y社の建材事業部では赤字が続き、同部東北営業所及びA社も例外ではなかったため、建材事業部及びA社でも経費削減等に努めてその対応が行われていたが、その後東北営業所の閉鎖が決定され同営業所に勤務するXを含む五名の従業員の仕事がなくなることとなり、Yからもう一人の女性従業員とともに整理解雇の対象とされ、関連会社への雇用の提案や総合職への転換を提案されたが、Xらはこれを拒否し、Yに対し東北での継続勤務職場確保を要求したところ、解雇されたため、Yに対し、本件解雇は整理解雇の基準に照らしてまた意図的に解雇の必要性が認められる状況を作り出す謀議の下に行われたものであり、解雇権の濫用で無効であると主張し、雇用契約上の地位の保全及び賃金の仮払いを申し立てたケース。; 本件解雇において、整理解雇に関する四要件のうち解雇回避努力の点において、Xらの雇用維持に向けた真摯な配慮が窺われず、むしろ消極的姿勢に終始していたものであり、解雇回避努力義務が履行されたとは到底評価できないとしたうえで、上記四要件は一つの要件が欠ければ直ちに解雇権が濫用になるものではないとして、Yは単独決算では売上高、当期利益がいずれも過去最高を経常し、連結決算では売上高が過去最高であるなど、企業組織全体としてみた場合にはXらの雇用を維持する余力を十分過ぎるほど残している企業なのであり、これに対しXがその職を失うことにより受ける経済的な不利益が非常に大きいことを考えると、解雇回避については最大限の努力を払うことを要するというべきであるのに、Yは解雇回避の方策を真摯に模索しようとはしなかったというべきであるから、本件では、他の三要件(人員削減の必要性、手続の相当性、選定の合理性)が一応備わっていること、とくにYが退職金の特別加算及び再就職会社への登録あっせん等の退職条件を提示していることを考慮したとしても、Yの解雇回避努力義務の懈怠は重大な違法性を帯びるといわざるを得ないとして、XはYとの間において現在も雇用契約上の地位を有していることが認められ得るとして、Xの申立てが認容された事例。
参照法条 労働基準法89条3号
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の要件
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 2002年8月26日
裁判所名 仙台地
裁判形式 決定
事件番号 平成13年 (ヨ) 279 
裁判結果 認容
出典 労働判例837号51頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-整理解雇-整理解雇の要件〕
 債務者による債権者らの解雇はいわゆる整理解雇であるが、解雇権の行使といえども、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には権利の濫用として無効とされるべきである。整理解雇は、使用者側の経営上の理由のみに基づいて行われるものであり、その結果、帰責事由がない労働者の生活に直接かつ重大な影響を及ぼすものであるから、恣意的な整理解雇は是認できるものではなく、その場合の解雇権の行使が一定の制約を受けることはやむをえないところ、整理解雇の有効性を判断する上では、いわゆる整理解雇の4要件として、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇回避努力義務の履行の程度、〔3〕人選の合理性、〔4〕解雇手続の相当性の観点から総合的に検討した上で、整理解雇がやむをえないものかどうかを判断する必要があるというべきである。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 以上の事実関係を前提とした場合、債務者全体としてみた場合には過去最高の経常利益を上げる状態とはなっているが、建材部門については赤字状態が続き、債務者は債権者らの整理解雇を検討する以前からも経費削減のための合理化努力を続けてきたものと認められるところ、債務者のように企業全体として黒字であったとしても事業部門別に見ると不採算部門が生じている場合には、経営の合理化を進めるべく赤字部門について経費削減等の経営改善を図ること自体は債務者の経営判断として当然の行動というべきである。そして、上記の住宅着工件数の減少を見た場合、東北営業所とA社の業績の落ち込みは一時的な景気後退による不況というよりも経済構造の変化に伴う不況によるものと考えられることに照らし、これまでの経営合理化をさらに進める必要があったというべきであって、債務者が東北営業所の廃止を含む経営合理化を行ったことはやむをえないというほかない。そうすると、東北営業所の閉鎖によって剰員が生じる結果となるのは避けられないのであるから、本件では債務者の東北地区における人員削減の必要性が認められるといわなければならない。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 上記(ア)及び(イ)によれば、債務者は、債権者らを関連会社等に転籍出向等させる形でその雇用を維持する方策を模索すべきであったのに、そのための努力が不十分であったと認められる。〔中略〕
 債務者が債権者らに解雇の方針を説明するにあたって、債権者らから「〔9〕今回の突然の話は法律的に問題があると思う。なんと言われようと私は辞めません。」と言われた場合につき、「これは貴殿に同意を求めているものではなく、会社として熟慮した上での決定事項を通知するものである。内容・条件等から見て、法律的にも問題はないものと判断している。」と回答することを予定した想定問答集が作成されており(証拠略)、これは債務者が当初から債権者らを解雇する方針の下に事を進めていたことを示しているといわざるをえないし、債務者から債権者らへの提案内容を見ても、当初は退職金の特別加算、再就職会社登録のあっせん等、債権者らが退職することを前提としたものであって、何らかの雇用維持に向けた提案がなされたわけではなく、ようやく、本件解雇予告通知書を手渡す約2週間前の同年9月13日以降に関西圏にある関連会社への転籍出向を具体的条件を明示せずに提案したにすぎないことをも含めて考えると、債務者は債権者らの解雇回避について明らかに消極的な姿勢に終始していたといわざるをえない。
 以上によれば、債務者は、債権者らの関連会社各社、A社及び債務者住宅資材部営業グループ販売チーム(東北)への出向ないし配置転換による雇用場所の確保につき、真摯にして十分な努力ないし検討をしないまま本件解雇をなしたと認めざるをえず、解雇回避努力義務を尽くしたとは評価できないというべきである。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
 債務者は、平成13年8月7日債権者らに対して整理解雇する予定であることを説明した後も、労働組合との協議を続け、その中で、関西圏の関連会社への転籍出向の提案、「地域職」から「総合職」への転向の提案、B社及びC社への受け入れ可能性の打診を行い、退職の条件についても退職金の特別加算及び再就職会社への登録のあっせん等を行うことにより退職に伴う不利益に対して一定の配慮をしていることが認められ、債務者としては、債権者らを整理解雇するにあたり一応の手順を踏んで手続を進めたということができる。
 ただし、(2)で検討したように債務者が債権者らの解雇回避につき終始消極的姿勢で手続を進めていたことをも併せて考えると、上記のような手順を踏んだことをもって解雇権の濫用を否定する重要な要素とすることはできない。〔中略〕
〔解雇-解雇権の濫用〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の要件〕
 以上検討したところによれば、債務者については、整理解雇に関する4要件のうち解雇回避努力の点において、債権者らの雇用維持に向けた真摯な配慮が窺われず、むしろ消極的姿勢に終始していたものであり、解雇回避努力義務が履行されたとは到底評価できないものである。もとより、上記4要件は1つの要件が欠ければ直ちに解雇権が濫用となるものではないとしても、債務者は、平成12年度において、単独決算では、売上高が2475億0700万円、当期利益が125億1200万円と、いずれも過去最高を計上し、連結決算では、売上高が過去最高の3673億3900万円で、当期利益が105億3900万円を計上するなど、企業組織全体としてみた場合には債権者らの雇用を維持する余力を十分過ぎるほど残している企業なのであり、これに対し、後記3に認定のとおり、債権者がその職を失うことにより受ける経済的な不利益が非常に大きいことを考慮すると、解雇回避については最大限の努力を払うことを要するというべきであるのに、解雇回避の方策を真摯に模索しようとはしなかったというべきであるから、本件では、他の3要件が一応備わっていること、特に債務者が前記認定のような退職金の特別加算及び再就職会社への登録あっせん等の退職条件を提示していることを考慮したとしても、債務者の解雇回避努力義務の懈怠は重大な違法性を帯びるといわざるをえない。したがって、債務者の債権者に対する解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効というべきである。