全 情 報

ID番号 08047
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名
争点
事案概要 中国への海外出張中にホテル内で第三者の加害行為によって殺害された訴外Aの妻であるXが、Aの死亡は業務上の事由によるものであるとして、労災保険法に基づき労働基準監督署長であるYに対して遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、Yがこれらを支給しない旨の処分をしたためその取消しを求めたケースで、業務遂行中に生じた災害は、特段の事情がない限り業務に起因するものと事実上推定されるとし、本件においてはAが積極的に私的行為や恣意的行為に及んでいないことから業務遂行性を肯定し、本件事故の前後において中国国内で同様の被害が発生しており、ホテルの安全対策も十分でなかったことから、本件事故は業務に内在する危険性が現実化したものであり、また業務起因性を否定する特段の事情もなく労災保険法7条の「業務上」に該当するとして、Xの請求を認容し不支給処分を取り消した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 暴行・傷害・殺害
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2002年1月25日
裁判所名 徳島地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (行ウ) 20 
裁判結果 認容(確定)
出典 タイムズ1111号146頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 ・労政時報3533号64~65頁2002年4月5日/梶川敦子・民商法雑誌127巻6号116~125頁2003年3月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕
 Aは、同日午後二時四五分(日本時間同日午後三時四五分)ころ、△△ホテルの一六一二号室の自室付近の廊下において、意識不明で倒れているところを発見された。Aは、直ちに病院に搬送されて救急措置が取られたが、左頚動脈を鋭利な刃物で切り付けられており、出血多量により死亡した。
 (9)Aの自室には、凶器と思われる刃物と血痕があった。Aの所持品のうち、ボストンバックの中の出張旅費約二〇万円は残されていたが、財布(約八万円在中)はなくなっていた。
 (10)△△ホテルは二五階建てであり、大連市内では最高級ホテルとされ、比較的裕福な階層の者が宿泊するものとされていた。
 しかし、△△ホテルの一六一二号室付近には非常階段が設置されており、非常階段を利用して外部から客室へ容易に出入りできる状態であった。しかも、一六階のフロアーや非常階段の出入り口付近の照明は暗い状態であった。そして、玄関ホールやロビーは、宿泊客以外の者が自由に利用しており、フロントを通過することなく客室へ出入りできる状態であった。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕
 外務省作成の「国別安全情報」には、大連市について、傷害、強盗、けん銃を使用した殺人、恐喝事件が頻発しており、日本人をねらったスリ、置き引き、ひったくり、集団暴行等の傷害事件も増加していること、平成九年四月に本件事件が発生したほかにも、平成一〇年六月には窃盗犯が住居に侵入する事件が発生し、平成一一年三月には、夜間帰宅途中の女性が暴行を受ける事件が発生していることなどが記載されている。また、北京市について、平成八年九月に、日本人旅行者が滞在中のホテルの客室内で二人組の男に殺害され金品を奪われる事件が発生したほか、高級ホテルでも外国人を被害者とした強盗殺人事件が発生したことなどが記載されている。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法七条にいう「業務上」の事由による災害と認められるためには、労働者が労働契約に基づく使用者の従属関係にある場合において(業務遂行性)、業務を原因として生じた災害であり、しかも業務に内在する危険性が現実化したものと経験則上認められる場合(業務起因性)であることが必要であるところ、業務遂行中に生じた災害は、特段の事情がない限り、業務に起因するものと事実上推定される。
 3 本件事件は、出張中の宿泊先で発生したものであるが、上記1に認定した各事実によれば、Aは所定の宿泊施設内で行動していたのであり、積極的な私的行為や恣意的行為に及んだとは認められないから、業務遂行性が認められることは明らかである。
 ところで、被告は、Aは第三者の故意による加害行為により死亡したものであるから業務起因性はない旨を主張するので、本件におけるAの死亡について業務起因性があるといえるかどうかを検討する。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕
 上記1(8)ないし(11)に認定した各事実によれば、Aは、本件事件の際、約八万円入りの財布を強取されたこと、本件の約半年前に、北京市内のホテルにおいて、日本人旅行者が殺害された上に金品を強奪されるという、本件とほぼ同様の事件が発生していたほか、外国人が宿泊先のホテル内で強盗殺人の被害に遭う事件も発生していたこと、本件後、大連市内では、日本人が被害者となる事件が復数発生していること、本件当時、△△ホテルにおいて、宿泊者に対する安全対策が十分であったとはいいがたく、現に本件事件が発生していることが認められる。これらの諸事情を前提とすると、本件当時、△△ホテル等において、日本人が強盗殺人等の被害に遭う危険性はあったというべきであり、本件事件は、業務に内在する危険性が現実化したものと解される。したがって、Aの死亡には業務起因性を否定すべき特段の事情はなく、労災保険法七条の「業務上死亡した場合」にあたる。よって、これと結論を異にする本件処分は労災保険法七条の解釈適用を誤ったものとして違法であるといわざるを得ない。