全 情 報

ID番号 08056
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 三洋電機サービス事件
争点
事案概要 A株式会社の関連会社Y1の部品管理課の企画係長であったBは、課長昇進の内示がなされてから断続的に会社を欠勤するようになり、直属上司Y2に対して、課長職が負担であること等を告げ退職の意思を示したり、さらには自殺未遂を起こしたことがあったため、Y2及びAの妻X1と同僚Cとの間で、Bに対する対応等について話し合いがもたれていたところ、Bに勤務を継続させる方向で対応が進められ、Y2はBを熱心に説得するなどしたが、その後Bは病院で自律神経失調症と診断されて治療を受け、1ヵ月の休養を必要とする旨記載された診断書をY2に提出したが、Y2は「そのような診断書を提出して休むと気違いと思われる」旨を伝えたため、Bは勤務を継続していたところ、その約5ヵ月後、Bは自殺したため、X1及びBの子X2がYらに対し、注意義務違反等を理由とする損害賠償請求の支払を請求したケースの控訴審で、一審の結論と同様にYらの損害賠償責任を肯定しつつ、Bの自殺に対する寄与度を七割とした原判決を変更して損害額から八割を控除し、また、Xらが追加主張した業務上の死亡としての退職金請求について棄却した事例。
参照法条 民法709条
民法415条
民法722条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2002年7月23日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ネ) 1345 
裁判結果 一審原告ら控訴一部認容、一部棄却、一審被告ら控訴棄却(上告)
出典 労働判例852号73頁
審級関係 一審/07711/浦和地/平13. 2. 2/平成9年(ワ)1194号
評釈論文 小畑史子・労働基準56巻3号25~31頁2004年3月/石井保雄・労働法律旬報1572号48~51頁2004年3月25日/保原喜志夫・月刊ろうさい55巻1号5~10頁2004年1月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 前示のとおり、〔1〕 企画課長昇進後のBの仕事は、課内の統率、部下に対する指導の点が加わったものの、そのほかは係長時代とほとんど変わらず、格別過剰なものではなく、Bは通常朝8時に出勤し、午後6時30分ころに帰宅していたものではあったが、Bは平成7年2月8日に企画課長昇進の内示を受けた後、同月20日ころから休暇をとるようになり、企画課長昇進の辞令が交付される同月21日にも欠勤したこと、〔2〕 一審原告X1が、脳梗塞を患っている父親や嫁入り前の娘もおり、家のローンもあるから、なんとか勤務を続けてほしいとBに頼み、Bは、「やってみる。」と答えて辞職を思いとどまったものの、平成7年6月2日(金曜日)、5日(月曜日)に休暇をとり、6日にも休暇をとって出勤しなかったため、Cが心配して同日夕方「D」でBと会った際、BはCに対し、課長として自分は役不足であるとか、会社を辞めたいと話し、Bの自宅で話しあった際一審原告X1もCに対し、Bはもう悩んでいるから仕方がないと答えたこと、〔3〕 一審被告Y2は、Bの断続的な欠勤について知っていた上、平成7年6月8日にBから欠勤の理由について報告を受けた際、Bは、自分には課長職が重く、辞めたいとか、辞めるしかないなどと言い出し、一審被告Y2が人間死ぬ気になればどんなことでも頑張ることができるとか、自殺できるものならしてみろといった表現でBを激励したが、Bは泣いていたこと、〔4〕 Bは、平成8年4月15日から22日まで欠勤し(この間の同月18日自殺未遂事故を起こした。)、同月22日一審被告Y2がレストラン「E」で一審原告X1と会った際、一審原告X1は一審被告Y2に対し、Bはもうやっていけないと述べたほか、Bが会社に行くと言って出かけて出勤していなかったこともあったことを伝えて、Bを退職させたいとの希望を述べたこと、〔5〕 一審被告Y2が同日Bの自宅でBと話をした際、Bが一審被告会社を退職しても適当な再就職先がない旨や、長女の一審原告X2の存在など家族のことも考えるよう述べた上、Bを叱責するような口調で勤務を続けるように説得を続け、Bの胸倉を掴んだり、Bが懲戒解雇になるかも知れないと思われるような芝居までしたが、Bは泣きながら頑なにこの説得を拒んだこと、〔6〕 同年5月7日にはBから一審被告Y2に対し、I医師の作成した本件診断書が提出され1か月の休暇の申し出がされたこと、以上の諸事情に照らして考えれば、Bが、自分には嫁入り前の娘がいることや住宅ローンを返済しなければならないような家庭の事情があることを熟知し、一家の支柱であり課長職という立場にあることを自覚しながら、課長職が重荷であるなどと言って出社することを嫌がり、上司である一審被告Y2からの強い説得に対しても涙を流しながら頑なにこれを拒絶するといった場面は通常では考え難いものというべきである上、Bについて医師からも1か月の休養を要する旨の診断書が提出されたのであるから、一審被告Y2としても、Bの精神状態が単(ママ)たる一時的な気分の落ち込みではなく、自分の意志の力では克服できない内的な障害があって、医師の治療によらなければ回復できない病的状態にあること、そして、単にBの訴えがあるだけではなく、医学的見地からもBは相当期間の休養を要する状態であったことを知ることができ、このままBに勤務を継続させた場合にはBの心身にさらに深刻な影響が及び、状況によっては自殺などの最悪の事態が生じることもあるものと予見できたものというべきである。そして、一審被告Y2が、Bが自殺未遂事故を起こしたことを知った平成8年5月下旬以降はより一層予見が可能であったということができる。〔中略〕
 一審被告Y2やCは、自分の個人的な利害や関心からBに対し勤務を継続するよう説得したものではなく(略(一審原告らは、一審被告Y2が一審被告会社の部長を退任した後も一審被告会社で勤務を続ける上でBが一審被告Y2の後任として部長に就任していると都合が良かったから、Bの退職の希望を受け入れなかったと主張するが、Bが一審被告Y2の後任として部長に昇進する具体的な見込みがあったわけでもなく、そのような動機からBに勤務継続を説得したものというには足りない。)、むしろ、真面目で勤務成績も優秀であったBへの期待があり(前掲丙第2号証において、一審被告Y2は、Bについていい意味でプライドが高く、かつ、高いプライドを維持できる程仕事の成績も優秀であったと評価している。))、Bを発憤させることができれば、従前どおりBが勤務を継続することができると軽信して、Bの退職の希望を受け入れず、1か月の休暇申し出を撤回するよう慫慂したものというべきであるが、前示のとおりBの精神状態は既に病的な状態にあって、医師の適切な措置を必要とする状況であり、このことは一審被告Y2にも認識することができたものというべきであるから、一審被告Y2には、少なくとも課長職が重荷であると訴えて退職の希望までしていたBが、医師の診断書を提出して1か月の休養を申し出たときには、一審被告会社に代わって部下である一審被告会社の従業員について業務上の事由による心理的負荷のため精神面での健康が損なわれていないかどうかを把握し、適切な措置をとるべき注意義務に従って、Bの心身の状況について医学的見地に立った正確な知識や情報を収集し、Bの休養の要否について慎重な対応をすることが要請されていたものというべきであるから、一審被告Y2にはそのような注意義務に違反した過失があり、また、一審被告会社も同様に従業員の精神面での健康状態についても十分配慮し、使用者として適切な措置を講ずべき義務に違反したものというべきである。〔中略〕
 原審証人Iの証言によれば、Bや一審原告X1がI医師に対し、Bの自殺未遂の話を打ち明けていれば、同医師はBが将来再度自殺を図る危険性があると判断し、もっと強力に自殺を防止する措置を採ったものと認められる。しかるに、前示のとおり一審原告X1は結果的にはBの退職や休暇について一審被告Y2の説得を受け入れる形になり、また、Bや一審原告X1がI医師にBの自殺未遂の話をしなかったのであるから、Bの自殺による死亡という結果が生じたことについて被害者側にも落ち度があったものというべきである。したがって、民法722条により、本件不法行為による損害賠償額を算定する(ママ)当たってはこの事情も斟酌すべきである。
〔3〕 そして、民法722条の過失相殺及び同条の類推適用により、上記〔1〕と〔2〕の事情を併せて後記(5)の損害額から8割を控除し、残余の2割について一審被告らに賠償させるのが相当である。