全 情 報

ID番号 08066
事件名 従業員地位確認等請求事件
いわゆる事件名 三和交通事件
争点
事案概要 タクシー業を営むYが、勤務成績不良を理由として運転手であるXを解雇したところ、XがYの意思表示が無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認とバックペイの支払い等を求めたケースで、YにはX同様に営業成績の芳しくない乗務員が他にも複数存在するのに、それらの者は最低賃金の保証を受けないことから解雇されていないこと等からすると、本件解雇は従前の取扱いや他の乗務員に対する処遇との均衡を著しく欠くばかりか、最低賃金法の趣旨にも反するものであり、解雇権の濫用として無効であるとし、Xの請求を認容した事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条3号
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 2002年10月4日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 9165 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例843号73頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3569号46~47頁2003年1月17日/長谷川珠子・法学〔東北大学〕68巻1号184~191頁2004年4月
判決理由 〔解雇-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
 上記認定の就業規則35条2号の改定の経緯と改定後の同号の文言に照らすと、同号本文は、最低賃金を受領した従業員を解雇することを目的とする規定ではなく、営業収入として、会社経費等の額と最低賃金額の合計額さえ確保できないような営業成績しか上げられない従業員については、技能、能率が著しく劣るものとして、解雇することができる旨の解雇事由を定めた規定であって、同号ただし書は、そのような解雇事由が存在する場合であっても、技能、能率の改善の申出をし、かつ、営業収入と会社経費等の額及び最低賃金額の合計額との差額を被告会社に補填した場合には、当該従業員を解雇しないこととして、本文の解雇事由該当者に救済の途を与えた規定であると解される。そうすると、従業員にとっては、前記差額を補填することにより、最悪の事態である解雇を自らの意思で回避することができる点において、同号ただし書が存在する場合の方が存在しない場合よりも有利であるといえなくもない。
 しかし、仮に当該従業員が自由な意思に基づいて同号ただし書により前記差額を被告会社に補填したとしても、結果的には、被告会社において最低賃金の保障を受けない労働者が存在することを就業規則により制度的に容認するという不合理な状況を生み出すことになる。
 さらに、従業員が自由な意思に基づいて前記差額を補填したといえるかどうかも問題となる。就業規則35条2号本文が雇用契約の終了という重大な結果をもたらす解雇の要件を定めるものである以上、営業収入が最低賃金額と会社経費等の額の合計額を1回でも下回った場合、直ちに解雇事由があると解することはできないのであって、同号本文の「技能、能率が著しく劣ると会社が認めたとき」との文言は、このことを示すもの(ママ)解される。すなわち、仮に営業収入が前記合計額を下回った場合でも、技能、能率が著しく劣ると判断される場合(ただし、事柄の性質上、会社がその判断をすれば足りるというのでなく、客観的にそのように判断できる場合であることを要すると解すべきである。)でなければ、解雇し得ないということである。したがって、解雇事由の有無の判断に当たっては、営業収入が下回った回数、その頻度、下回った金額、下回った理由、被告会社の改善指導の有無・内容、当該従業員の改善努力の有無・程度などが問題となるのであって、同号本文は、それ自体、評価的な要素を内在しているといえる。そうすると、従業員としては、自己の営業成績が同号本文に該当するかどうかを一義的に判断することはできないことになる。この点は、同号ただし書の有無に関わらないことではあるが、同号本文が上記のような評価的要素を含むことから、同号ただし書が存在することにより、かえって、営業収入が最低賃金額と会社経費等の額の合計額を下回った場合には、当該従業員が解雇されることを慮って、最低賃金の受領を断念し、あるいは躊躇するという心理的な影響を受ける結果になることは否定できない。このように、同号ただし書は、同号本文と相俟って、営業成績の芳しくない従業員を、最低賃金の受領を辞退する方向に誘導する機能を営むこととなるのであり、その結果、従業員が最低賃金の受領を控えるおそれが多分にあるといわなければならない。
 このようにみてくると、改定後の就業規則35条2号は、全体として、一定の適用除外事由がある場合を除いて賃金の最低額を保障する最低賃金法の趣旨を没却するものであって、無効であるといわざるを得ない。
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 上記認定事実によると、原告と被告会社間の雇用契約は、反復更新されることにより、期間の定めのない契約と実質的には異ならない状態になっていたものであって、また、定年に達したことが格別考慮されていないという事情からすると、定年の存在は、この判断を左右するものではないというべきである。そして、このような場合、更新拒絶の意思表示がない限り、契約は更新されることになるのであり、更新拒絶の意思表示は、実質的には解雇に相当するので、解雇に関する法理を類推適用すべきである。したがって、更新拒絶の意思表示は、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効となる。
 イ 更新拒絶の意思表示の有無
 平成13年2月27日から平成14年2月26日までの期間の雇用契約の終了に際し、更新拒絶の意思表示がされたかどうかについて検討するに、被告会社は、平成13年7月23日、原告に対し、同年8月20日をもって解雇する旨の本件解雇を行い、同年9月4日に提起された本件訴訟(提起日は本件記録上明らかである。)の審理の過程においても、終始一貫して、原告との間の雇用関係が終了した旨を主張してきたのであるから、平成14年2月の契約期間満了に際し、黙示的に更新拒絶の意思表示をしたものと認めて差し支えない。原告は、これが明示的であることを要すると主張しているが、客観的にみて雇用を継続することに反対の意思を有することが表明されていれば、労働者としても、使用者の更新拒絶の意思を認識することができるのであるから、明示の更新拒絶に限らないというべきである。
 ウ 権利濫用の有無
 そこで、更新拒絶の意思表示が権利の濫用に該当するかどうかが問題となるが、先に本件解雇についてした認定判断から明らかなとおり、更新拒絶の意思表示も、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できないから、無効であるといわざるを得ない。そうすると、原告と被告会社との間の雇用契約は存続していることになる。