全 情 報

ID番号 08092
事件名 公務外災害認定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 地公災基金岩手県支部長(平田小学校教諭)事件
争点
事案概要 教育学部卒業後、県職員として採用され小学校教諭として勤務していたA(教員暦約7年)が、新しい小学校への転任後の執務環境の変化に伴い、質的・量的に公務内容が増加し、連続して学校行事がある中でも授業研究会の準備に追われていたことから、転任後6ヵ月経過した頃から不眠、食欲減退などを訴えるなどし、また道徳教育の手法と自己の道徳教育に対する教育理念との乖離に悩みながらも、同小学校の一員として早くなじんでいこうとの思い等から精神的葛藤を抱え、特に年末年始や冬休みの間は道徳の公開授業に向けた準備に集中し固着する態度が見られていたところ、転任して約1年4ヵ月経過した頃に自殺したため、Aの妻Xが地方公務員災害補償基金岩手県支部長Yに対し地方公務員災害補償法に基づく公務上災害認定を請求したが、公務外災害の認定処分を受けたことから、Aの自殺は公務が過重となり、その精神的緊張及び重圧によってうつ病に罹患し、自殺念慮発作から引き起こされたものであると主張して、右認定処分の取消しを請求したケースの控訴審で、Aの死亡に業務起因性が認められるとしてXの請求を認容した原審に対して、Aの公務が特に過重であったため、これが原因となってAに軽症うつ病が発症したとまでは認めることはできないとして、Xの請求が棄却された事例。
参照法条 地方公務員災害補償法1条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺
裁判年月日 2002年12月18日
裁判所名 仙台高
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (行コ) 9 
裁判結果 認容(原判決取消、被控訴人請求棄却)(上告)
出典 労働判例843号13頁/第一法規A
審級関係 一審/07722/盛岡地/平13. 2.23/平成4年(行ウ)2号
評釈論文 金子征史・季刊教育法141号86~92頁2004年6月/小畑史子・労働基準55巻7号40~45頁2003年7月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 当裁判所は、被控訴人の本訴請求は、亡Aが軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患に罹患していた可能性は否定できないが、その担当する職務は公務過重とは認められず、したがって亡Aの自殺は公務に起因したものとは認められないので、これを棄却すべきであると判断する。〔中略〕
 失踪当日の同月24日の出勤前に義父に坂道を滑らないよう気を付けるように声をかけていること、亡Aの遺書(〈証拠略〉)には、その書体及び内容ともに乱れが認められないのであって、これらの事実によれば前記「うつ病エピソード」の各診断の基準に照らしても、うつ病エピソードにおける基本症状である当人自身が抑うつ気分の存在、悲しみまたは空虚感を感じていることを表現するか、全てまたはほとんど全ての活動における興味、喜びの著しい減退が当人の言明または他者の観察によって証明されて(ママ)るとはいえず、亡Aが反応性うつ病を含む中等症ないし重症うつ病に罹患していたとまで断定することはできない。
 もっとも、昭和57年12月2日、亡Aは、体重測定において以前から5キログラム減少した52キログラムであり、食欲も不振であったことが認められること、昭和57年10月18日から同年12月6日までの間は、週学習指導計画案簿(〈証拠略〉)の備考欄に従来のような記載がないこと、昭和57年12月に疲労感を訴えていたこと、昭和58年1月20日には、被控訴人や同居の養父母が亡Aが疲れている様子であったことから病院に行くよう勧めていることなどを考慮すると、そのころ軽度のうつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性を全く否定することもできないと解するのが相当である。〔中略〕
 各上記各研究会の内容については、同小学校の昭和57年度の学校経営計画(〈証拠略〉)によると、全校授業研は年間一人1回とし、学団研も同様とし、学団研は、全校授業研の準備も行うものとし、略案程度で、気軽に取り組んでみようとされていて、実際にも全校研でもB4サイズの用紙3枚程度の指導案を作成するものであり、指導案作成の負担についても、その教材は国語、道徳の既存の学習指導書を基礎にしているものであって、全く新しく作成しなければならないものではないこと、週学習指導計画案簿(〈証拠略〉)には、亡AがB小学校における道徳教育や公開授業などについて悩んでいたことをうかがわせる記載はなく、同僚の教諭にもその悩みをうち明けたり相談したことは認められないこと、亡Aは、教師になって7年目であり、以前に勤務した川口分校においても、亡Aは、道徳の授業研を担当したことがあり、いわゆる抽出方法についてもB小学校の方法に類似していること、指導案の作成についても全く経験のない教諭や教諭2年目の者も、臨時の講師さえも授業研究会をこなして、指導案を作成していることなどが認められるのであって、これらの事実を総合するとB小学校における亡Aの公務が特に過重であったため、これが原因となって亡Aに軽症うつ病が発症したとまで認めることはできない。〔中略〕
 亡Aが組合活動について何らか悩みがあったのではないかとも推測され、その意味で、亡Aが軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性について、公務以外の事情による可能性も否定できない。なお、亡Aは、B小学校に転任するに伴い、既に養子縁組をしていた被控訴人の両親とともに同居することになり、B小学校へはその同居先から自家用車で通勤していたことが認められるが、夫婦仲が悪かったとか、養親との折り合いが悪かった等の事情はなく、むしろ、被控訴人も両親も亡Aを気遣っていたことが認められるのであって、家庭内の事情が軽症うつ病等の発症可能性の心理的負荷となった事情は認められない。〔中略〕
 亡Aは、前示のとおり、中等症ないし重症うつ病に罹患していたとはいえないものの、軽症うつ病あるいは何らかの精神疾患を発症した可能性を全く否定することはできない。しかしながら、以上の説示に従うと、亡Aの軽症うつ病の原因が、亡Aの担当した公務が特に過重であった点にあるとまで認めることはできないというべきである。したがって、公務の過重が原因で亡Aが自殺したものであると認めることはできない。