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ID番号 08117
事件名 各差額賃金請求控訴、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 県南交通事件
争点
事案概要 タクシー会社であるYが、同業他社との競争のため、その多くが採用している年功給や賞与を含まない給与体系の導入を検討し、その変更について従業員Xの加入する組合に提案をしたが、協議を拒否されたため、年功給・賞与の廃止、ならびに奨励給の新設を就業規則の変更によって行い、実施されたため、Xら組合員が、就業規則の変更による賃金改正が組合員の同意を得ないものであり無効であり、それゆえ、〔1〕旧給与体系によって算定した賃金と差額賃金、〔2〕賞与の支払いを求めたケースで、原審は本件就業規則の変更が組合の同意を得ないものであり、不利益変更であるとして、〔1〕についてはほぼXの請求を認容し、また〔2〕については、改正前の就業規則を根拠とし、賞与の抽象的請求権は肯定したが、奨励給が支給されていること、そしてXらが所属する組合以外の乗務員は賞与の支払いがないことから一部については労使合意がなくとも具体的請求権が発生したとして、賞与の一部の支払いを認容したのに対して、控訴審では、原審の判断を全て否定し、従来の就業規則の不利益変更の判断枠組みに則り、変更の必要性・合理性があるとして〔1〕〔2〕の請求を棄却した事例。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2003年2月6日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ネ) 1604 
平成14年 (ネ) 1654 
裁判結果 一部取消・請求棄却、附帯控訴棄却(上告、上告受理申立て)
出典 時報1812号146頁/労働判例849号107頁/労経速報1841号3頁
審級関係 一審/08037/浦和地/平13. 2.16/平成7年(ワ)867号
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 上記認定のとおり、本件就業規則の変更は、賞与の廃止と月例給への一本化及び年功給の廃止とそれに代わる奨励給の創設を基本として行われたものである。
 本件就業規則の変更は、上記2及び3において認定したとおり、同業他社との競争上、Yが不利な立場に立たないよう、同業他社の賃金制度に近づけようとしたものである。すなわち、Yが新規の従業員を円滑に募集したり、在職する従業員の雇用を継続していくうえでの障害を取り除くという観点からのものであった。本件就業規則の変更は、Yの経営体質強化に資するものであったということができるのであって、Yの運営上、高度の必要性があったものと認められる。
 そして、上記のとおり、賃金制度の変更に伴って、これに見合う代償措置が採られたため、変更後の労働条件は必ずしも従業員の側に不利益ばかりをもたらすものではなかった。そして、新たな労働条件は、労働生産性に比例した公平で合理的な賃金を実現するという利点を生じさせており、新規の従業員の採用が円滑化し、また、在職する従業員の働く意欲にも良い影響を与えるようになったことが窺われる。本件就業規則の変更は、合理性と相当性を兼ね備えているものということができる。
 また、被控訴人らの属するA総連との交渉の経緯や、他の従業員が賛成しあるいは同意している状況からすると、本件就業規則の変更について、適正な手順が履践されたということができる。
 そして、平成6年当時の社会一般の状況からしても、労働者があげた業績、すなわち労働生産性と賃金とが見合うものであることが強く求められるようになっていたのである。
 以上の諸点を考慮すると、本件就業規則の変更は、上記第2の2の「(被控訴人らの当審における主張)」欄記載の最高裁判所昭和43年12月25日判決及び最高裁判所昭和63年2月16日判決によって形成された合理性の要件を充足するものということができるのであって、本件就業規則の変更は、不利益を受ける労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものということができる。したがって、本件就業規則の変更は有効なものである。
 被控訴人らは、勤続年数が短く、年功給が少ないころ、薄給に甘んじ、年数が増加して相当な額の年功給を得られるようになるまで我慢してきたもので、年功給を廃止するのは、過去の不利益を無視するものである旨主張する。しかし、被控訴人らの勤続年数が短かった当時は、高額の年功給を受ける従業員は存在しないか、ごく例外的な存在であったものと認められるのであって、勤続年数が短いことによる不利益を我慢していたというのは実情に合わない主張というべきである。そうすると、年功給の廃止が、過去の不利益を無視するものであるなどということはできない。
 そして、年功給の廃止は、上記のとおり、年功給の制度による公平を欠いた賃金の配分を是正するものと認められるのである。そうだとすると、年功給によって被控訴人らが得る利益は、他の従業員の犠牲の上に成り立った利益であるとの批判を免れないのであり、これを永続的に得ることができなくなったからといって、その不利益を過大視すべきではない。
 他方、上記のとおり、本件就業規則の変更は、従業員の定着と、新規従業員の円滑な獲得の観点から、会社運営上の高度の必要性があるものと認められる。そして、本件就業規則の変更の必要性は、上記のような観点によるのであるから、仮に、平成6年当時、Yが現在よりも利益が出ていたという状況にあったとしても、これによって、上記の就業規則の変更の必要性が左右されるものではないというべきである。
 そうすると、被控訴人らに生じる不利益を考慮しても、本件就業規則の変更には、労使関係における就業規則の法規範性を是認できるだけの合理性を肯定することができる。