全 情 報

ID番号 08128
事件名 退職金等請求事件(10520号)、損害賠償請求事件(1253号)
いわゆる事件名 上野製薬事件
争点
事案概要 医薬品などの製造販売輸出入を業とするY1に雇用され、化学薬品営業部門の責任者兼取締役の地位にあったXが、Y1社が米国においてソルビン酸の価格を吊り上げるカルテル行為に関与し、アンチ・トラスト違反容疑で起訴され、またY1も米国当局によるシャーマン法違反容疑で約13億円の罰金を支払う司法取引に応じたことについて、Y1代表取締役Y2がY1会合でXを名指しで非難したことについて、XがY1社に対して〔1〕従業員としての在職期間に対する退職金の支払い、〔2〕Y1の違法な業務命令に従うことを余儀なくされたことに対する慰謝料の支払い、〔3〕Y2がその業務の執行に際してXの名誉を毀損する発言をしたことに対する慰謝料を、一方、Y1がXに対して、〔4〕商法266条1項5号による損害賠償請求権に基づき、カルテル行為継続期間のうちXが取締役に就任していた期間分に相当する罰金相当額の一部の支払いを求めたケースで、裁判所は、Xの請求につき、〔1〕については、Y1が懲戒解雇処分を行っていない以上、退職金を支払う義務があるとして、Xの請求を認容し、また〔2〕については、Xも本件カルテルの実行者の一人であってそれは自ら招いた結果であることから慰謝料請求を否定し、〔3〕については、Xのみに責任があるかのような発言をしたY2の責任を認め、慰謝料の請求を認めた、一方、Y1の請求〔4〕については、Y1の損害はY1自らが招いたものであるとし、その損害をXに転嫁することはできないとし請求を棄却した事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法3章
労働基準法11条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 2003年3月12日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 10520 
平成14年 (ワ) 1253 
裁判結果 一部認容、一部棄却(10520号)、棄却(1253号)(控訴
出典 労働判例851号74頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 被告会社が、原告に対し、その退職に至るまで懲戒解雇処分を行っていないことは当事者間に争いがない。社員退職金規程(12条)において、懲戒解雇を退職金不支給事由の一つとして挙げていることは前記のとおりであるが、そのほかに社員退職金規程に退職金を不支給とする事由はない(〈証拠略〉)。そもそも、被告会社において、社員退職金規程が設けられ、退職時に一定の計算式に基づいた退職金を支給する旨が規定されていることからすると、被告会社における退職金は、単なる功労的な性質を有するにとどまらず、賃金の後払い的な性質を有するものであるといえるし、退職金の支給は各従業員と被告会社との労働契約の内容となっているものといえるから、これを不支給とするには、不支給とする事由をあらかじめ社員退職金規程に明記する必要があるというべきである。
 ところが、被告会社においては、懲戒解雇の場合に退職金を不支給にするとの規定があるにすぎないから、被告会社が、原告に対し、懲戒解雇処分を行っていない以上、退職金を支払う義務があるといわなければならない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 本件カルテルは、被告会社の了解のもとに行われていたものであるから、被告会社の黙示の業務命令に基づくものといえる。
 しかし、上記認定によると、原告は、人事異動により被告会社の化学薬品本部の責任者と取締役になったにすぎないものの、本件カルテルの存在は上記役職に就任した時点で当然認識していたし、さらに、平成4年以降、そのような役職にある者として、本件カルテルがアンチ・トラストに抵触するとの認識を有していた(〈証拠略〉、原告本人)が、被告会社がメーカー会を脱退すれば価格が下がり、被告会社の利益を損なう可能性があることや、他社との間に摩擦を生じ、ソルビン酸購入に支障を来すとの危惧からメーカー会議への出席を継続していた。確かに、原告は、当時、カルテルに関する罰則等の適用についての情報を有していなかったし、本件カルテルによって、被告会社にいかなる損害が生じるかを十分配慮しておらず(〈証拠略〉)、本件カルテルは被告会社の業務の一環として行われたものではあったが、原告は、本件カルテルの違法性を認識しつつ、責任者として本件カルテルに関与し、被告会社の取締役としてその業務を執行していたのであるから、原告も本件カルテルの実行者の一人であって、仮にそのことによって何らかの精神的苦痛を受けたとしても、それは自ら招いた結果であるといわざるを得ない。
 略(また、証拠(〈証拠略〉)によると、米国当局との最終的な司法取引に至る過程で、被告会社が罪状を認める(ママ)ともに、それに関連して、本件カルテルに関与した被告会社従業員の起訴の有無が問題として挙げられていたことが認められる。しかし、最終的に司法取引の結果決まった罰金額は、1100万ドルで、当初被告会社の弁護士が、米国当局との交渉過程の中で予想していた金額よりも少なかった(〈証拠略〉)が、最終的に罰金額が1100万ドルとなった経緯については、明らかではなく、最終的な罰金額の決定と個人の起訴とを関連づけるような証拠も存しない。)
 イ したがって、違法な業務命令を理由とする原告の被告会社に対する慰謝料請求は排斥を免れない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 本件カルテルは被告会社の了解のもとに行われてきたにもかかわらず、被告Y2は、被告会社の多数の従業員の面前で、本件カルテルは青天の霹靂である、営業の者が勝手にやったことであるとの発言をし、あるいは、本件カルテルは自分の知らないところで一部の社員がしたなど、本件カルテルに被告会社は全く関与しておらず、原告や他の従業員のみに責任があるかのような発言を行ったものであり、これらの発言は、原告の名誉を侵害する行為であるといわなければならない。そして、被告Y2の上記発言により、原告が精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところ、上記認定にかかる発言の内容・相手方・回数のほか、先に説示したとおり、原告自身も本件カルテルに関与していたこと、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては60万円が相当である。
 また、被告Y2の上記発言は、新春互礼会や創立記念日等被告会社の行事の席上で行われており、被告会社代表取締役としてその業務の執行の際に行った発言といえるから、被告会社も、被告Y2とともに、上記発言についての損害賠償責任を負うというべきである。