全 情 報

ID番号 08140
事件名 出向無効確認請求事件
いわゆる事件名 住友軽金属事件
争点
事案概要 被告Y社に工員として入社した者が、平成6年10月1日付けで関連会社たるA社への出向を命じられたのに対して、本件出向命令に異議を留めつつA社での業務に就きながら、本件出向命令は、〔1〕不当労働行為に当たる、〔2〕出向の理由が不明で、また出向期間の明示もない、〔3〕人権侵害に当たる、〔4〕出向内示の段階で職制から脅迫的言辞を受けた等の理由をあげて、無効であることの確認を求めたもので、労働協約の出向規定が本人の承諾に代わる出向命令権を認める特段の根拠となりうる等として、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界
裁判年月日 2003年3月28日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 3237 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例851号53頁/第一法規A
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 雇用契約は、一般に、特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されていると解されるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。
 (イ) そして、民法625条1項が、使用者の権利を第三者に譲渡する場合は、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしているのは、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等において不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨であると考えられる。
 (ウ) 本件出向は、原告に対し、被告籍を維持しつつ、A社への出向を命ずる在籍出向であるところ、在籍出向は、出向元会社と労働者との雇用契約関係は維持されるものの、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部を出向先へ譲渡するものであるから、使用者が労働者に在籍出向を命じるためには、原則として、当該労働者の承諾を要するものというべきである。
 そして、ここにいう承諾は、労働者の不利益防止を図るためのものであるから、事前の無限定な包括的承諾のごときは上記趣旨に反するものというべきであるが、逆に、当該労働者の個別的・具体的な承諾がない場合においても、上記趣旨に反せず、承諾と同視し得る程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、使用者は当該労働者に在籍出向を命じることができると解するのが相当である。
 これに対し、原告は、被告が、本件出向命令発令前後、数度にわたって原告の承諾を求めていた実態からして、本件出向命令についても、原告の個別的・具体的承諾が必要であると主張する。〔中略〕
 しかし、使用者が労働者に出向を命ずる場合に、できる限り当該労働者の理解・納得を得た上で出向命令を発令しようとすることは自然であり、被告が原告に対して前記署名・押印を求めたという事実やBと本件出向命令についての話をしたことをもって、出向命令の発令には法律上、常に労働者の個別的・具体的承諾を要するということはできない。
 また、本件労働協約等締結前においては、作業職組合の組合員が派遣の対象となった際には、作業職組合が、当該組合員を事前に説得し、了解を得た上で業務命令が発令されていた事実は認められるが、これは本件労働協約等締結前の運用である上、派遣を命ずる立場にはない作業職組合が、当該組合員を事実上説得していたにすぎないというべきであること、従前、作業職組合からの説得に応じなかった組合員はいなかったことなどにかんがみれば、上記の運用をもって、組合員の個別的・具体的承諾が、出向や派遣を命ずる際の有効要件であると解することはできない。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 被告・本件組合間の労働協約及び被告の就業規則についてみると、本件労働協約等締結以来、「会社は必要により、組合員に異動(出向を含む。以下同じ。)を命ずることがある。」、「業務上必要があるときは異動(出向を含む。)を命ずることがある。」と規定され、本件出向命令発令当時においても、その内容には基本的に変更がない。
 また、前記認定の被告における出向制度の運用状況からすると、本件労働協約等締結以前から、事務職組合員の出向や作業職組合員の派遣などの制度が事実上定着していたものと認められ、本件労働協約等締結後においても、出向者の人数は相当数に上っている(前記1(4)イ認定の出向人員数の変遷によれば、生産・技術系の従業員の実働数のうち、本件労働協約等締結時においては12パーセント以上、本件出向命令発令時においては15パーセント以上の従業員が出向している。)。
 そして、このような出向の運用状況に加え、特に本件労働協約等は、被告と本件組合との交渉の末締結されたものであり、その規範的効力からして、個々の組合員を拘束するものといえることなどからすると、本件労働協約等は、出向命令に対する承諾と同視し得る程度の実質を有する特段の根拠たり得るものと解するのが相当である。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 本件労働協約等は、全組合員を被告において就労させることが困難な情勢下にあることを前提に、被告社外で就労する者の労働条件等を有利にすべく交渉した結果締結されたものであり、労働法16条の「労働者の待遇に関する基準」に該当するものというべきであって、本件組合の組合員全員に本件労働協約が適用されるべきものと解するのが相当である。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 原告は、本件組合役員選挙の選挙権・被選挙権を喪失した点を原告の被った不利益として主張する。〔中略〕
 ある社会生活上の事象の変化が労働者の不利益として評価できるか否かは、第1次的には当該事象が客観的に有する社会的意義により決せられるものであり、当該事象に対する労働者の主観的な価値観や重要性は、これを補完する事情にすぎないというべきである。
 ■ 労働組合の役員に立候補するという行為は、最終的には、当選後に労働組合役員として被告における労働条件等の改善などを図ることにつながるもので、一定程度の社会的意義を有するものということができるから、労働組合役員の選挙権・被選挙権を喪失することが前記社会生活上の不利益に当たることは否定できない。
 ■ しかしながら、本件において、原告は本件出向命令発令までの間に合計10回本件組合役員に立候補して、いずれも落選しているところ、原告と当選者の最低得票数との差は前記認定のとおりであって、客観的に見て、原告の当選のがい然性が高いとは到底いえない。そうすると、原告の立候補が直ちに本件組合役員として労働条件等の改善を図ることにつながるものと評価するのは困難であり、原告が本件組合役員の選挙権・被選挙権を喪失するという不利益は、客観的には小さいものというべきである。
〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 本件出向命令は、前記ア(イ)cのとおり、原告の雇用確保のために発令されたものと認められるが、このような目的による出向は、景気の低迷、高齢者層の増加等の状況下において、雇用関係を維持して、労働者の生活の安定を図るものとして、相応の合理性を有するというべきである。そして、企業内に就労に適する職場が存在しない場合、これを理由に雇用関係を解消することと比較すると、雇用確保のため企業外の就労場所を提供することは、おのずと当該企業の経済的合理性を後退させることになると考えられるのであって、上記雇用確保の要請と企業の経済的合理性とは、本質的に相反するものというべきである。
 そうすると、雇用確保の目的でなされた本件出向命令に、経済的合理性がほとんどみられないからといって、そのことにより不合理な目的でなされたことが裏付けられるということはできない。本件出向命令が原告の雇用を確保するという要請を実現するものである以上、その合理性は十分に認められる。