全 情 報

ID番号 08169
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 倉敷紡績(思想差別)事件
争点
事案概要 各種繊維工業品の製造および販売等を業とする株式会社Yの従業員であるX1およびX2が、YがXらに対し、B党員であることを理由に、昇進昇給などにおいて違法に差別するとともに、数々の嫌がらせを行ってきたとして、不法行為に基づく損害賠償請求として、〔1〕同期同学歴者との差額賃金相当額の損害金および差額一時金・賞与相当額の損害金、〔2〕慰謝料、並びに〔3〕弁護士費用の支払を求めたケースで、人事制度の年功序列的運用のもと、Xらに人事考課上特段大きく否定的に評価されるような事情が見受けられないにもかかわらず、Xらが全く昇進していないこと等から、B党員であるXらに対する差別意思および差別的処遇の存在を認定した上で、信条(特定の政治的信念ないし政治的思想を含む)を理由として差別的な処遇を行うことは人事に関する裁量権の逸脱であって、違法であり、不法行為に基づき損害を賠償する義務があるとして、Xらの請求が〔1〕につき、X1、X2と各々の同期同学歴者の平均的な者との間の賃金の差額を損害額とする限度で認容(一部認容)され、〔2〕につき、本件提訴前3年以前の事実に基づく慰謝料請求権は時効により消滅したことを前提に、慰謝料算定につき制裁的な要素を考慮するということはできないとして、一部認容、一部棄却され、〔3〕につき、X1、X2各々の差額賃金相当損害金および慰謝料の合計認容額のほぼ1割に相当する金額の限度で認容(一部認容)された事例。
参照法条 労働基準法3条
労働基準法3章
民法709条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど)
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2003年5月14日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 3913 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例859号69頁/第一法規A
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 被告における労務政策一般については、前記1に記載したとおりである。被告は、戦後間もなくから労使協調路線の組合結成を意図していた一方で、いわゆる左翼的思想を嫌悪し、A労組結成後は、A労組にB党の影響が及ぶことを防ぐために、B党員である従業員に対するA労組役員選挙への立候補を辞退させたり、B党を脱退しなければ仕事上の不利益を与える旨申し渡して脱退勧奨をしたりしていた。
 これらの事実からすると、被告は、B党及び同党員を嫌悪し、被告に対するB党及び同党員の影響を極力防止すべく、B党員である従業員に対して、他の従業員とは異なる取扱いをしていたことが認められるのであって、被告は、B党員に対する差別意思を有しているものと認められる。
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 被告における人事制度は、実際には、ある程度経年により昇進するいわゆる年功序列的な運用がされてきたものの、基本的には職能制度を前提とするものである。したがって、被告は、各従業員の業務実績や業務遂行能力を評価し、これに基づく人事考課により従業員の処遇を決定するについて、裁量権を有するものといえる。しかし、上記裁量も全く被告の自由に委ねられるわけではなく、適正な人事考課を前提とするものである。そして、原告らはいずれも、上記人事制度の下、同期同学歴者と比較して、不当に不利益に扱われないとの利益を有しているところ、そのような利益を侵害されたといえるには、差別意思をもった人事考課が行われ、その結果、同期同学歴者の平均的な者との間に処遇及び賃金の格差が生じたことを要する。ここでいう平均的な者(平均者)とはいかなる者を指すかであるが、各従業員が担当する職務内容等は千差万別であるから、特定の者に限ることはできないが、被告の人事制度及び経験則に照らし、中程度の業務遂行能力を有し、かつ、年功序列に沿った昇進を可能とする程度の勤務実績を有していた者と観念すべきであり、具体的には、本件においては、原告ら主張の、各原告の同期同学歴者の賃金の平均値をもって、平均的な従業員の賃金とみるのが相当である。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 前記1ないし6で認定した事実によると、原告らについては、その職務遂行上、否定的な評価も認められるが、原告らがいずれも長期間にわたって他の従業員と比較して著しく低い能力・業績しかなく最低評価以外全く考えられないような業務遂行により上記のような格差が生じたということはできず、かえって、上記のような格差が生じたのは、被告が原告らをB党員であることを理由として他の従業員よりも低い評価を行い、その結果、賃金面でも低い処遇を行ってきたことによるものである。
 企業は、経営及び人事管理において、裁量権を有するものであるが、裁量権も無制限に認められるわけではなく、当然、法令及び公序良俗の範囲内において認められるものであって、これを逸脱し、その結果として従業員の権利を侵害する場合は、裁量権の行使が不法行為となることもあり得る。そして、労働基準法3条は、使用者による労働者の信条等を理由とする賃金、労働時間、その他の労働条件について差別的な取扱いをすることを禁止しているが、ここにいう信条には、特定の政治的信念ないし政治的思想を含むものと解される。したがって、信条を理由として差別的な処遇を行うことは、人事に関する裁量権の逸脱であり、違法であるといわなければならない。
 そうすると、被告による原告らに対する前記処遇は違法であることに帰着するから、これにより、原告らに損害が生じた場合、被告は、不法行為責任に基づき、これを賠償する義務があるというべきである。