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ID番号 08188
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 いずみ市民生協内部告発訴訟
争点
事案概要 A(市民生活協同組合)に勤務するXらが、同協同組合の副理事長であったY1および専務理事であったY2により同協同組合が私物化されているとの内部告発を行ったところ、Y1らにより、同協同組合を懲戒解雇されたり、不当に長期間自宅待機処分をされるなどの報復等の行為をされ、さらに名誉を侵害されて、精神的損害を被ったとして、Yらに対して不法行為に基づき損害賠償を求めたケースで、本件内部告発には正当性があり、これを理由とする懲戒解雇は認められず、告発者に対する懲戒解雇、出勤停止、自宅待機、配転命令が、正当な内部告発への報復を目的としたものであるとしてYらの不法行為責任が認められ、Xらの請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法89条9号
民法709条
民法710条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 内部告発
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2003年6月18日
裁判所名 大阪地堺支
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 377 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 タイムズ1136号265頁/労働判例855号22頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 河原林昌樹・季刊労働者の権利253号29~34頁2004年1月/升田純・NBL765号4~5頁2003年7月15日/大塚和成・銀行法務2148巻3号64頁2004年3月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の団体内秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものであり、したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁平成8年9月26日第一小法廷判決・判例時報1582号131頁参照)。
 そこで、本件につき見るに、〔中略〕結局、A側において認識し、懲戒の理由とされたのは、前記(ア)〔イ〕及び〔ウ〕にとどまると解するのが相当である。
 もっとも、前記特段の事情がある場合には、前記〔ア〕、〔エ〕ないし〔ク〕も懲戒の理由たる非違行為に該当しうるというべきであるが、それら不正として挙げられた行為は、前記〔イ〕及び〔ウ〕とはまったく別の機会における異なる態様によるものであるに過ぎないから、本件において、前記特段の事情は認められないというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 結局、原告X1には、懲戒解雇事由とされた金銭上の不正行為(前記(ア)〔イ〕及び〔ウ〕)を認めることができない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 原告X2は、Y社長から、その職務に関して多数回のゴルフの接待を受け、また、高額の釣り道具を贈与されたものであると推認される。
 そうすると、原告X2のこうした行為は、職員の服務心得につき定めたAの就業規則(〈証拠略〉)36条(6)の「職務に関し、不当な金品を借用または贈与の利益を受け、または要求し、もしくは約束をしないこと」に違反し、その接待を受けた回数等に鑑みれば、同規則46条(2)の「本規則にしばしば違反するとき」に該当すると言うことができる。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-内部告発〕
 本件のようないわゆる内部告発においては、これが虚偽事実により占められているなど、その内容が不当である場合には、内部告発の対象となった組織体等の名誉、信用等に大きな打撃を与える危険性がある一方、これが真実を含む場合には、そうした組織体等の運営方法等の改善の契機ともなりうるものであること、内部告発を行う者の人格権ないしは人格的利益や表現の自由等との調整の必要も存することなどからすれば、内部告発の内容の根幹的部分が真実ないしは内部告発者において真実と信じるについて相当な理由があるか、内部告発の目的が公益性を有するか、内部告発の内容自体の当該組織体等にとっての重要性、内部告発の手段・方法の相当性等を総合的に考慮して、当該内部告発が正当と認められた場合には、当該組織体等としては、内部告発者に対し、当該内部告発により、仮に名誉、信用等を毀損されたとしても、これを理由として懲戒解雇をすることは許されないものと解するのが相当である。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-内部告発〕
 本件内部告発がその内容とするところは、これまでに認定したところからも明らかなように、Aの創設者の1人で、常勤の副理事長という、実質的に見てAの運営における最高責任者にして最高実力者であった被告Y1による、Aの資産の私物化、公私混同の事実があり、それを可能にしているのが被告Y1及び同Y2によるAの支配であるから、上記支配をはねのけて不正を正し、Aを組合員の手に取り戻すべきであるとするものと認められる。
 〔中略〕
 これらからすれば、本件内部告発の目的は、専ら、公共性の高いAにおける不正の打破や運営等の改善にあったものと推認される。
 そうすると、本件内部告発の目的は、極めて正当なものであったと言うべきである。
 なお、本件内部告発が、外部勢力と手を組むなどしてAの乗っ取り目的であったなど、不純な目的に出たことを窺わせる証拠はない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-内部告発〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 本件内部告発の内容が前記のようにAの実質的な最高責任者かつ最高実力者の地位にある被告Y1による公私混同や私物化を問題とするものであり、しかも、これに次ぐ地位にあって実務を取り仕切る被告Y2をも対象とするものであって、このような告発の対象や内容に照らせば、もし、氏名を明らかにして告発を行えば、被告らによる弾圧や処分を受けることは容易に想像され〔中略〕本件内部告発前にも、被告らが批判を許さない態度を示していたことも考えると、このような場合には、匿名による告発もやむを得なかったと言うべきである。〔中略〕

〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-内部告発〕
 以上の検討に照らし、本件内部告発の正当性の有無につき見るに、本件内部告発の内容は、〔中略〕公共性の高いA内部における事実上の上位2人の責任者かつ実力者における不正を明らかにするものであり、Aにとって重要なものであることは論をまたないこと、本件内部告発の内容の根幹的部分は真実ないしは少なくとも原告らにおいて真実と信じるにつき相当な理由があるというべきであること、本件内部告発の目的は高い公益目的に出たものであること、本件内部告発の方法も正当であり、内容は、全体として不相当とは言えないこと、手段においては、相当性を欠く点があるのは前述のとおりではあるものの、全体としてそれ程著しいものではないこと、現実に本件内部告発以後、Aにおいて、告発内容に関連する事項等について一定程度の改善がなされており、Aにとっても極めて有益なものであったと解されることなどを総合的に考慮すると、本件内部告発は、正当なものであったと認めるべきである。
 したがって、Aは、本件内部告発につき、虚偽の風説を流布したなどとして、これを理由に原告X1及び同X2を懲戒解雇することは許されないものと言うべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 原告X1及び同X2に対する自宅待機命令等及び本件懲戒解雇、原告X1に対する平成9年5月16日から同月20日までの間、深夜まで待機させ、またそのころ監視させた行為、原告X3に対する自宅待機命令等及び本件配転命令については、被告Y1及び同Y2の共同不法行為が成立する。
 また、原告ら3名に対する名誉毀損行為3ないし6については、被告Y2の不法行為が成立する。〔中略〕
 これらの諸事情を総合考慮すると、被告Y1及び同Y2の共同不法行為により原告X1の被った損害に対する慰謝料としては、職場内での待機等、自宅待機及び懲戒解雇によるものを合わせ150万円が、同X2の被った損害に対する慰謝料としては、自宅待機及び懲戒解雇によるものを合わせ140万円が、原告X3の被った損害に対する慰謝料としては、自宅待機と本件配転命令によるものを合わせ120万円が、それぞれ相当である。
 また、被告Y2の名誉毀損の不法行為による損害としては、原告ら各人に付き、それぞれ30万円が相当である。