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ID番号 : 08455
事件名 : 譴責処分無効確認請求各控訴事件
いわゆる事件名 : モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド(本訴)事件
争点 : 従業員が第三者に対して行った個人的な訴訟の提起等が非違行為に当たるか否かが争われた事案(使用者勝訴)
事案概要 : Y証券会社に勤務するXは、会社の取り扱うフラット為替の販売の障害になっているとして、日本公認会計士協会が発表した「監査上の留意点」について、個人名義でその不当性を訴える論文を発表し、また、協会に対して慰謝料の支払いを求める別件訴訟を提起した。これに対し、Y社はXを譴責処分に付し、次いでY社の同訴訟の取り下げを命じる業務命令に従わないなどの就業規則違反を理由に懲戒解雇の意思を表示したところ、Xが地位の保全と賃金の仮払いを求めた事案の控訴審判決である。
 第一審東京地裁は、懲戒解雇は懲戒権の濫用により無効だが普通解雇は有効としてXの請求を一部認容したのに対し、双方が控訴。第二審東京高裁は、「監査上の留意点」はY社が組織体として対応すべきものであり、個々の従業員が自己の判断のみで訴訟を提起したり、その取下げを命じる業務命令に従わないXの行為は就業規則に違反するとした。また、Xがエクゼクティブ・ディレクターという高い地位にありながら、Y社指揮命令に服することを拒否した行動は企業秩序維持の観点からもXを組織内に留めることは困難であり、懲戒解雇は有効であるとして、Xの控訴を棄却するとともに、原判決中のY社敗訴部分を取り消した。
参照法条 : 労働基準法18条の2
労働基準法89条
民法709条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/服務規律違反
裁判年月日 : 2005年11月30日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)2635
裁判結果 : 認容(一審被告敗訴部分取消・一審原告請求棄却)、棄却(上告提
出典 : 労働判例919号83頁
審級関係 : 上告審/東京高/平18. 2. 7/平成17年(ネオ)946号
上告審/最高一小/平18. 4.20/平成18年(受)482号
一審/08404/東京地/平17. 4.15/平成16年(ワ)8976号
評釈論文 : 根本到・平成18年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1332〕211~213頁2007年4月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-服務規律違反〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
 1 当裁判所は、被控訴人が控訴人に対し平成16年4月26日に行った本件懲戒解雇は有効であり、したがって、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。〔中略〕
 3 争点1(控訴人に係る非違行為の存否)について〔中略〕
 したがって、本件留意点に関する個々の従業員の行動に対しては、それが従業員の全く私的な行為と認められるのでない限り、被控訴人の事業活動の一環として行われるものとして、被控訴人の指揮命令権限が及ぶというべきであり、就業規則や本件行為規範、本件CPによる規制の対象ともなる。〔中略〕
 認定事実のとおり、控訴人は、本件留意点がフラット為替の販売という控訴人の営業行為の障害になっているとして、自分の判断により、協会に対してはその撤回を求めるため、また、本件留意点に従った監査を行おうとしている監査法人に対しては方針の変更を求めるため、圧力となる方策をとることとして本件の一連の行動を行ったものである。この控訴人の行動は、フラット為替の販売のために行われたものであり、それは被控訴人の事業活動に従事する従業員としての行動に外ならないから、被控訴人の従業員であるとの肩書の使用を伴うものでない場合であっても、これを控訴人の全く私的な行為と認めることはできない。〔中略〕
 控訴人は、平成15年10月半ばころ、C本部長から、今後本件留意点について対外的行動をとる場合には、事前にC本部長及び法務部の許可を得るよう指示を受け、また、平成16年1月16日には、B弁護士やC本部長らから、本件留意点に関して行動をとる場合には必ず事前に上司ないし法務部の承認を得るよう注意を受けていたが、それにもかかわらず、C本部長や法務部の許可を得ることなく、平成16年4月1日、協会に対し慰謝料141万円の支払を求める別件訴訟を提起したものであり、就業規則7条、8条、本件行為規範1、本件行為規範6に違反する。
 この点について、控訴人は、別件訴訟の提起は憲法上認められた裁判を受ける権利及び表現の自由の発露といえる適法かつ正当な行為であると主張するが、前記のとおり、本件留意点については被控訴人において組織体として対応すべきものであって、個々の従業員が被控訴人の組織体としての検討や方針を離れて、自分の判断により行動する権限を有するものではないから、一従業員である控訴人が自分の判断のみにより、訴訟の提起という方法で本件留意点に対抗しようとすることは許されないものである。また、このような行動は、被控訴人の事業活動の一環としての面を有するものであり、当然に被控訴人の指揮命令権限が及ぶ。
 したがって、被控訴人は、このような就業規則や本件行為規範に違反する訴訟の提起に対しては、業務命令として訴訟の取下げを命じることもできるというべきである。控訴人は、平成16年4月7日以降、F室長、B弁護士やC本部長らから別件訴訟の取下げを勧告され、4月21日には業務命令として訴訟の取下げを命じられたが、4月23日、この業務命令には従わないとの通知をしたものであり、就業規則7条に違反する。
 なお、本件行為規範6は、従業員が民事訴訟の当事者となったときには速やかに報告を受けて、被控訴人としての必要な対応を検討しようとする趣旨のものと考えられるから、従業員が原告として訴訟を提起する場合は、訴訟を提起することを決めたときに報告をすべきものと解される。〔中略〕
 4 争点2(本件懲戒解雇の有効性)について
 (1) 本件の控訴人の一連の行動は、以上のように、被控訴人の就業規則、本件行為規範や本件CPに違反するものであるから、就業規則41条による懲戒の対象となる。
 控訴人は、本件留意点がフラット為替の販売という控訴人の営業行為の障害になっているとして、被控訴人における組織体としての検討や方針とは離れて、独自の判断により、協会に対してはその撤回を求めるため、また、本件留意点に従った監査を行おうとしている監査法人に対しては方針の変更を求めるため、圧力となる方策をとることとして本件の一連の行動を行ったものである。しかも、被控訴人からは2度にわたり、本件留意点について対外的行動をとる場合には事前に上司及び法務部の許可を得るよう指示を受けていたにもかかわらず、控訴人は、それを意に介することなく、自分の考え方だけが正しいものとして許可を得ることなく行動し、協会に対しては訴訟の提起という方法で対抗し、その訴訟の取下げを要請する被控訴人に対しては指揮命令に服さないという態度を明らかにしていたのであり、控訴人の規律違反の程度は極めて重大であるというべきである。
 エグゼクティブ・ディレクターという高い地位にある控訴人が、被控訴人の組織体としての検討や方針を離れ、その指揮命令に服することを拒否してこのような一連の行動に出ることにより、被控訴人の対外的信用も少なからず毀損されたものということができる。そして、指揮命令には服さないという控訴人の姿勢は明確かつ強固であるから、企業秩序維持の観点からは、控訴人をそのまま従業員として被控訴人の組織内にとどめることは困難であるといわなければならない。
 したがって、それが退職金の不支給という効果をもたらすものであることを考慮に入れても、控訴人の非違行為に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択することは相当であるというべきであり、これをもって懲戒権の濫用ということはできない。〔中略〕
 本件譴責処分は、事前に直属の上司又は法務部に相談することなく別件訴訟を提起したことに対して行われたものであり、その趣旨は、前後の事実関係からすると、控訴人の本件の一連の行動のうち無断で独自に別件訴訟を提起した点をとらえて、それが懲戒処分の対象となる重大な非違行為であることを認識させ、その後の対応として速やかに別件訴訟を取り下げ、これまでの行為を反省させるためのいわば第一次的処分としてされたものであり、譴責書(〈証拠略〉)が控訴人の今後の行為にも触れていることからしても、控訴人においてその後の真摯な反省と対応がされた場合には、その余の行為は改めて問題にはしないという意図の下で、軽い譴責処分を選択したものと認められる(〈証拠略〉、原審における証人F)。そして、そのような被控訴人の意図や本件譴責処分の趣旨は、控訴人も当然に認識しており、あるいは容易に認識し得たものというべきである。
 ところが、本件においては、控訴人は別件訴訟の取下命令に従わなかったばかりか、自分の行為を反省する素振りも見せなかったため、これまでの事実経過を踏まえて別件訴訟提起後の行為を評価し、最終的な処分として懲戒解雇がされたものであり、これを一事不再理ないし二重処罰の禁止に触れると評価すべきものではない。〔中略〕
 以上のとおり、被控訴人が控訴人に対し平成16年4月26日に行った本件懲戒解雇は有効であり、したがって、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がない。