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ID番号 : 08462
事件名 : 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 新日本管財事件
争点 : マンションの住込み管理人夫婦が、雇用するマンション管理会社に対し解雇無効確認と時間外賃金の支払いを求めた事案
事案概要 : Yマンション管理会社に雇用され、夫婦でマンションに住み込みで働いていた管理員X1、X2が、Y社からの労働契約の合意解約ないし解雇の主張に対し、労働契約上の地位確認と未支給の給与、時間外賃金を請求した事案である。
 東京地裁は、X1らが本件マンションから退居する旨を自ら申し出、また退職金送金口座を指定するなど同人らが退職に同意していることが推認されることから、X1らは会社都合による退職というY社の提案に同意し、労働契約は終了したものと認められるとして、解雇無効の請求を棄却した。
 また時間外賃金については、マンションの住み込み管理員の勤務は通勤管理員やビルの宿直警備員とは異なる勤務形態であり、その所定時間外の時間は原則として私的な時間であって、発生した緊急事態等に対応した実作業時間に限り労働時間と認められる、とした。そして、X1については、主張のうちゴミ収集日、理事会・自治会開催日、緊急対応時等の活動の一部について時間外労働と認め、その他日常的な点灯、消灯、巡回等の活動については時間外労働と認めず、X2については、Y社が補助的従事者であるX2に求めた業務は9時から12時までの勤務時間内で十分対応可能として、時間外労働の存在を認めなかった。
参照法条 : 労働基準法32条
体系項目 : 労働時間(民事)/労働時間の概念/住み込みと労働時間
労働時間(民事)/時間外・休日労働/時間外・休日労働の要件
解雇(民事)/解雇事由/人格的信頼関係
退職/合意解約/合意解約
裁判年月日 : 2006年2月3日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)472
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1926号141頁/タイムズ1208号177頁/労働判例916号64頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇-解雇事由-人格的信頼関係〕
〔退職-合意解約-合意解約〕
 (3) これらの事情の下において、原告らは、自らがまいた種とはいえ、平成一五年八月六日当時には相当追いつめられた状況になっており、被告において、その就業規則九〇条による懲戒解雇を行う可能性も予想されたところである。原告太郎は、被告から、もし懲戒解雇になれば退職金は支給されないとの説明を受け、会社都合による退職という被告の提案に同意したものと認められる。
 (4) 思うに原告らは、退去後に振り込まれた退職金額が、期待した給与の三か月分より少なかったのを見て不満に思い、ついには本件訴訟の提起に至ったものと推認されるところである。
 (5) よって、争点【1】については、被告所論のとおり、原・被告は、平成一五年八月六日ころ、原告らが会社都合により円満退職する旨の本件退職合意をしたものと認められる。
〔労働時間-労働時間の概念-住み込みと労働時間〕
〔労働時間-時間外・休日労働-時間外・休日労働の要件〕
 (3) 住込み管理員の労働時間について
 ア マンションの住込み管理員は、その執務場所である管理員室内に私的空間である住居を併せ有するという点で、執務場所と住居を別にする通勤管理員と異なり、また、住居において労働から解放された私的な時間を過ごすという点で、仮眠室で仮眠を行い、その間の不活動仮眠時間の労働時間性が問題となる(大星ビル管理事件・最判平成一四年二月二八日民集五六巻二号三六一頁、ビル代行事件・東京高判平成一七年七月二〇日労働経済判例速報一九一一号一一頁)ビルの宿直警備員とも異なる勤務形態である。
 イ 本来、所定労働時間外の時間帯は、労働から解放された時間であって、住込み管理員といえども、住居たる管理員居室内で過ごそうと、外出しようと自由な時間であるはずである。このような場合には、管理員において使用者の指揮命令下に置かれていない私的な時間というべく、原則として、労働時間ということはできない。
 ウ したがって、とりたてて時間外の作業の指示が認められない場合には、前記のとおり、管理員において使用者の指揮命令下に置かれていない私的な時間というべく、原則として、労働時間ということはできず、発生した緊急事態等に対応した実作業時間のみを労働時間として認めることが相当であると思料する。瓦光建物管理事件・大阪地判平成一七年三月一一日労働判例八九八号七七頁は、このような事案に関する裁判例である。
 (4) 本件における不活動時間の労働時間性について
 ア 本件においては、〔1〕本件管理委託契約で、管理業務実施の態様として、「管理員住込形式」とするが、「管理員の執務時間は八時三〇分から一七時三〇分までとする。」と契約当初から執務時間が明示され、これを前提として委託業務内容及び管理費が定められたと思われること、〔2〕管理事務所前の掲示には管理事務所の受付時間が明示してあること、〔3〕被告作成の本件マンションに関する「管理員業務マニュアル(日常管理・清掃業務)」において、一般的な作業例を示しているところ、同マニュアルには時間外の作業の記載がないこと、〔4〕本件管理委託契約においては、前記管理員の執務時間の定めに続いて「ただし、緊急事態の発生したときその他やむを得ない場合においては当該時間以外に適宜執務するものとする。」旨定められているが、これは本件管理組合と被告との合意であって、上記緊急事態等の場合に、被告は、住込み管理員のほか、被告マンション管理部の担当フロントマン等に時間外勤務を命じてもよいと解されるころ管理事務所前の掲示には管理事務所の受付時間の表示に付け加えて「上記時間外でも急用のある居住者の方は、『呼出チャイム』を押してください。」との記載に続いて、管理事務所連絡先の電話番号のほか、「管理会社連絡先」として被告の電話番号が掲示され、急用のある居住者において被告に連絡する方途が講じられていること等の事情に鑑みるに、上記(3)ウのような時間外の作業の一般的な指示が認められない場合に該当するものと認められる。
 イ したがって、原告らにおいて、所定労働時間外の時間は、基本的に使用者たる被告の指揮命令下に置かれていない私的な時間というべく、その不活動時間は、原則として、労働時間ということはできず、発生した緊急事態等に対応した実作業時間のみが労働時間として扱われることになる。
 ウ よって、特定の日時について時間外に作業をすることを具体的に使用者が指示したという特段の事情が認められる場合、時間外の業務が定型的に予定され、使用者がこれを指示したものとみなされる場合、緊急事態が発生した場合等について、その事由ごとに具体的な時間外労働の内容について、主張・立証することが必要と解される。本件訴訟においては、原告らにおいて、これを前提として、時間外に実作業をした旨の主張・立証を行ったところである。
 エ ところで、不活動仮眠時間において労働からの解放が保障されていない場合には労働時間に当たるとする前記大星ビル管理事件、ビル代行事件に関する前記各判決があるが、これらの裁判例は、ビル管理会社の宿直警備員の勤務形態が、不活動仮眠時間といえども必要な対応をすることが内在的に予定され、仮眠室で仮眠するほかなく帰宅や外出が許されないものとなっている事情を踏まえ、その時間における労働からの解放の保障を、労働時間性を否定するための要件としたものと解され、本件事案と事例を異にするので、本件事案に適用することはできない。
 オ また、マンション管理会社において、その定める管理マニュアル等により、時間外の作業を断続的に指示している場合には、そのための実作業時間が労働時間に当たることはもとより、作業と作業の間の時間も含めて全体として、管理会社の指揮命令下に置かれているものとして、その間に仮眠していようが、犬の散歩をしていようが、労働時間に当たるとする見解も存するところである。オークビルサービス事件・東京高判平成一五年一一月二四日労働判例八九一号七八頁は、管理員マニュアルの記載や引継に際しての業務指示により、七時と二一時のゴミ置き場の開閉、七時と二二時の管理員室の照明の点消灯等について、使用者たるマンション管理会社から一般的に指示を受けていたという事案に関する裁判例であり、マンション管理会社からそのような一般的指示のない本件事案にそのまま適用することはできない。